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 5月20日(日)、有岡幹事のアレンジで第一回の
「イレブン歩こう会」が開催され13名が参加しました。
根津駅から寛永寺、上野公園をへて浅草寺まで
約2時間の距離を元気に歩きました。当日は幹事が
「晴れ男」と自称される通り雲一つ無い晴天で、
五月晴れというよりも夏日でした。10時30分に
根津駅で待ち合わせ、谷中霊園を通り過ぎ寛永寺
霊園へ。谷中霊園には15代将軍徳川慶喜のお墓が
ありました。(写真右)
いくら最後は蟄居の身であったとはいえ、「明治の
毒婦」と呼ばれた高橋お伝と一緒の墓地というのは
チョッと可哀想な気がしました。

隣りの寛永寺霊園は徳川の菩提寺
8台将軍吉宗を含め6人の将軍が
祭られています。
墓地は大きな木が鬱蒼と茂り太陽の
強い光に若葉が輝いていました。
(写真左)

次の上野公園に着き、どこかで
休もうということになりあたりを
見渡しましたが(写真右)、適当な
場所がなく、結局、国立西洋美術館の
喫茶店にいくことになりました。
ここで30分休憩。休憩後、美術館前で
全く知らない方に全員の写真を撮って
もらいました。(写真下)

美術館を12時過ぎに出発。「言問通り」を
下り、真源寺の「入谷鬼子母神」を参拝。
恐ろしげな名前とは裏腹に安産の守護神
とのこと。皆さんのお孫さんが生まれる時の
安産祈願に丁度よいということで幹事が
立ち寄り場所に選んだのかも・・(写真左)

言問通りから「かっぱ橋道具街」を
通り浅草へ。今日は三社祭で街は
賑やかですが、ほとんどの店は
閉まっていました。
面白い看板の店を発見。人目を引き
たいという意欲は分かりますがチョット
品がないという感じがしました。
(写真右)

浅草寺に近づくにつれ鐘や太鼓の音が
大きくなり、あちらこちらの通りでお神輿を
担いでいました。44町全て違う神輿が
用意されているのだそうです。
(写真上の2枚と右の1枚)

 この機会に三社際の起源を調べてみました。
 隅田川で投網により漁をしていた漁師が、ある日「観世音菩薩」(一寸八分の仏像)を網に
かけ、土地の名士・土師氏に持参したところ、これは秘仏だということで628年に氏は浅草寺を
建立し、この仏像を祀った。その嫡子が観世音の「両親も祀れ」との夢告により、639年、
合せて3体を三社権現として祀るようになった、と書いてありました。
 なんだか知らなくてもよいような話でした。起源はどうあれ最近三社祭は大変盛り上がっているそうです。

ここをクリックすると拡大します

 お祭りを見学した後、午後1時半、今日の会の
最後の仕上げに予約していた中華料理の香港亭
浅草店(写真右)で少し遅い昼食で歓談。(下の
写真はその時の様子)
食事の後、3時頃に散会しました。

 我々には歩くのに丁度よい距離で、お祭にも
出会い楽しかったですが、少し暑かったせいか
疲れました。
有岡幹事、この度の計画と手配を有難う御座いました!

第1回歩こう会  上野・浅草

2007年5月20日(日)
参加者(敬称略、順不同)
有岡道夫、中畔俊太、西村多希子、平尾夫妻、押田康、植田英志、中西啓二
小西雅子、小林千鶴子、才木紘、水沼悦子、宮本明

以下の文と写真は宮本明さんよりの投稿です。