1月2日(日)
パソコンの修理が終わって返却されてきた。私のパソコンは”ヘミング・パソコン”といって、手作りのもの。西久保希光さんという大先生がパーツを買い集めて組み立てた(ヘミング・パソコンについては→ こちら)。年末だったが、西久保先生にお願いしたところ、快く引き受けて下さり、起動ディスクの容量アップだけでなく、古くなったマザーボードも取り替えて、実質2日間で戻ってきた。驚異的な速さ! メーカー品だとそうはかない。先生には感謝、感謝である。
さて、正月は、先ず、年末のお節作りから始まる。例年通り、ブリの照り焼き、ダシ巻き玉子、お煮しめ、数の子、牛肉佃煮などを手製で作り、後は出来合いを買った。これに自慢の関西風白ミソの雑煮を加えると、写真のものが出来上がった。
元旦は末娘の康子もやってきて、娘3人と近くの新田神社に初詣に出かけた(写真下左、恭子撮影)。その後、家族そろってお屠蘇で正月を祝い、お節をいただいた。ネコのゴンタも様子を見にやってきた(写真上左)
今日、2日には児玉軍団4人(児玉麻里さん、黒河内大使夫妻、前田典夫さん)がやってきて、お節をつまみながら新年パーティ。大いに食べ、大いに喋って、最後に記念撮影(写真下右)。ゴンタも途中から参加して久美大使のお相手を務めた。自閉症ネコのラーは、例によって何処かに隠れてしまって最後まで顔を出さない。客人が帰られて暫くすると「怖かったワー」という顔でそろりと出てきた。
1月3日(月)
今日は朝から孫たちが来訪。毎年、麻子一家は哲也クンの実家・三島で正月を過ごす。3日朝に三島を発って、帰り道に我が家に立ち寄るという行程になっている。何時もは昼頃にやってくるのだが、今日は道路が空いていたとかで10時過ぎに到着。昨日の児玉さんたちも予定より1時間以上早くやってきて、車の中から「もう着いちゃった」と電話してきたが、今朝の麻子も全く同じ。
来訪者が予定より早く来ると受け入れ側としては困るのだが、今日は家族だから「まぁ、いいか」と、片付いていないところに上がってもらった。孫の直幸(なおゆき)クンは今年小学6年生に上がる。背丈はすっかり大きくなってもう直ぐ抜かされそう。下の陽幸(はるゆき)クンは今年から小学校。こちらは未だあどけなさが残るが、それでも以前に較べると随分お兄ちゃんになった。
なおクンはゲーム大好き人間で、やって来るなり「ツー・テン・ジャックをやろう」という。このトランプ遊びは、昨年、私の誕生日に一家がやってきたときに私が教えた。カード・ゲームとしては少し難しいが、覚えるとなかなか面白い。親の哲也と麻子は未だルールがよく分かっていないが、なおクンは飲み込が早い。食事の後、4人でワン・ゲームやったが、私の+38点でトップは当然としても、なおクンは+17点で2位。哲也と麻子は、それぞれー27点、−28点だった。
孫たちが帰ってしまうと、何だかホッとすると同時に我が家の正月も終わる。今年も平穏無事の正月であった。
(写真左はフルーツを食べる孫2人と麻子、右は昨日児玉さんから頂いた千疋屋のイチゴ(タカそう!)。「中にお酒が入っているからね」と、子供たちには食べさせなかった)
1月5日(水)
年賀状の整理が漸く終わった。宣伝や法人からの儀礼的なものを除いて、年賀状を送ってくれた方にはすべてこちらからも出した。現役時代に較べると枚数は少なくなったが、それでも海外を含めると250枚程度になる。
印刷だけの賀状では面白くないので、必ず一筆を書き添えることにしている。頂いた年賀状も8割方、一言、手書きの挨拶やコメントがあり、それを読むのは楽しい。逆に、表はパソコン、裏は印刷のみといった省エネ型の賀状は一応差出人を確認するだけで、コメントなどは一切読まない。
ひところに較べると、宛名のパソコン書きが随分増えたように思う。恐らく宛名書きやハガキ印刷の簡易ソフトが簡単に手に入るからだろう。斯く言う私も宛名はパソコンで済ませるのだが、手書きで書かれた自分の住所を見ると、思わず手を止めて暫し眺めてしまう。手書きの字には個性が現れていて面白い。
メール賀状も年々増えていくようだが、だからといって年賀郵便が減少しているわけではない。統計によると、毎年ほぼ40億通程度で安定しているらしい。それにしても凄い数字だ。1枚50円で、2,000億円。郵政公社にとってもドル箱事業だろう。
メール賀状の長所は何と言っても映像をキレイに送ることが出来る。これに GIFアニメなどを添えると楽しい年賀状になる。が、受け取る側としては何となく温かみが感じられない。その他大勢と寸分変わらぬものを送られたという味気なさが残る。矢張り、年に1度とはいえ、いや、だからこそ、差出人の筆跡とともに自分に向けられた友情の表現を感じ取りたい。
1月6日(木)
今日は「寒の入り」。暦はよく出来たもので、確かに寒い。明日はもっと冷え込むらしい。今日から立春までの約1ヶ月が我慢のしどころということだろう。
今日、木曜日は今年初めての体操教室。インストラクターの杉田さんが”変身”を披露する日だ。先ずは白無垢のウサギ姿で登場。そしてピンクのウサギ、バニーガール、最後は富士山とレッスン中に4変化を見せた。受講生のオバサンたちは大喜びで、衣装が変わる度に触ったり、引っ張ったりと品定め。女性は年を取っても着るものへの執着は衰えないようだ。バニーガール姿では、私とツー・ショットの写真まで撮るというおまけつき。
1月8日(土)
3連休の初日、東京は今日も快晴。日本海側や北海道、東北、先日は九州にまで大雪が降ったというのに、東京地方は先月から雨も降らない。水不足が心配になるが、他県で降った雨や雪が利根川水系を通って東京にまで水を運んでくれるので問題はない。有り難いことだ。
30年以上も前にベストセラーになったイザヤ・ベンダサン(山本七平)の「日本人とユダヤ人」の冒頭で、「日本人は水と安全はタダだと思っている」と山本氏は指摘している。当時は未だペットボトルのようなものはなく、水道の蛇口をひねればタダで水が飲めた時代であった。
それ以来、日本では水事情については殆ど変わっておらず、今でも水はタダ同然なのだ。だが、世界の事情は異なる。中東、アフリカのように以前から水不足の地域では水事情は悪化している。お隣り、中国の事態は極めて深刻だ。
生命維持のために必要な飲料水は1人1日、2リットルとされるが、生活用水となるとこの数十倍が必要となる。日本人は平均1日1人当たり 314リットルの水を使う。だが、中国では平均 40リットルに過ぎない。
中国では、1950年代以降、食料を増産するために灌漑用の水路を建設し、広大な農地を切り開いた。1995年までに、黄河流域の灌漑面積は3倍以上に広がった。しかし、黄河の下流域では水が不足し、畑を維持できないという事態が起きてしまった。水が下流まで届かず、途中でなくなってしまう、断流と呼ばれる現象だが、1997年には、1年のうち 226日も川の流れが途切れたという。
黄河から水を引いている首都・北京では事態を重く見て、壮大なプロジェクトが進行中だ。南の大河、長江(揚子江)から新たな水路を建設して、毎年10億リットルの水を北京に送ろうというのだ。南の水を北が調達する、所謂「南水北調」である。
だが、このプロジェクトの完成予定は 2050年。それまでに膨大な量の水を他所から調達しないと首都は干上がってしまう。そこで、注目すべきは昨日のTBS「ニュース・ステーション」の特集だ。
テレビ朝日の取材によると、東北から九州まで主要な水源のある山林を香港ベースの不動産会社が買いに来ているという。北海道の山林は既に半分近くが中国資本の手に渡った。これは深刻な事態である。社会主義国の中国では生産手段は私有化されていない。土地は生産手段の最たるもの。
ところが、日本で土地を買うと未来永劫自分のものになる。彼らにとって、こんな美味しい話はない。目先の利いた富裕層は先行投資の目的から日本の水資源に目をつけたのだ。日本では、相続税が高いので、代替わりするとき相続できずに土地の一部を売りに出すことが多し。しかも、菅政権は相続税を値上げしようとしている。
考えてみると、これは山林だけの問題ではない。例えば、問題の尖閣諸島だって国有財産ではない。大正島を除き他の4島は埼玉県在住の個人の所有である。国は魚釣島を含む4島を年間約
2,500万円の賃借料を払って借りているのだ。もし、その方が亡くなって遺族が相続税を払えないとしたら…? 事態は極めて危うい。
1月10日(月)
3連休も今日でお終い。学校も明日からは3学期に入る。B.Y.Step塾は今日が今年のスタート。自転車で行くことを考えたが、猛烈に寒い上に風が強い。気温は1℃だが、体感温度はとっくに零下。結局、、車にした。最近は近くで事故が多発しているのであまり乗りたくないのだが、この寒さではやむを得ない。娘たちに肉うどんとイナリを作って、家を出た。
S君の1時間講座を終えて冷え切った車に乗ると、寒さと空腹で歯がガタガタ鳴る。ヒーターの温まるのがもどかしい。と、ポケットの携帯電話が鳴る。電話というヤツは一方的な闖入者である。当方の事情にはお構いなく土足で入ってきて「こちらが優先だよ!」と無神経なベルを鳴らす。
仕方なくスピードを落とし、携帯を耳に当てる。
「麻子だけど、今、ツー・テン・ジャックやってんの。最初に切り札とスペードしかないときはどうするんだっけ?」
何だよ〜、向こうじゃ食事が終わって一家団欒の時間らしい。このトランプ・ゲームは私が教えたのだから応える義務もあるのか。
「その時は、点数に関係ない札を裏向けて出して『棄権!』と宣言するんだよ」
暫くするとまた電話。
「切り札請求して、オールマイティが出たらどうなるの?」
「エッ、またかよ〜。その時はオールマイティが一番強いよ」
更に説明しようとすると、プツンと電話が切れた。こちらのイライラが通じたのかな?
1月12日(水)
今年最初のコンサートで「横浜みなとみらい」へ。演目は、新春コンサート「ウィンナー・ワルツ&オペレッタ」。ウィーン・ピーターマイヤー・ゾリステンという本場のアンサンブルにバレー、ソプラノが参加してのウィンナー・ワルツ。
「春の声」に始まり、シュトラウスもののワルツ、ホルカを中心に約20曲。バレーあり、歌ありの楽しいプログラムだった。アンコールに応えて、最後はもちろん「ラデツキー行進曲」。演奏にあわせて客席が拍手で参加する観客参加型のフィナーレは、新春コンサートならではの演出。
演奏、バレーとも良かったが、圧巻はメルバ・ラモスのソプラノ。体形からも豊かな声量が想定されるが、特に、「メリー・ウィドー」より”ヴィリアの歌”では、圧倒的な美声が広い会場の隅々まで響き渡った(写真はGoogleで検索のHPから)。このメルバ・ラモスはオペラのアリア界ではチョット珍しいプエルトリコの出身。1987年のメトロポリタン・オペラのオーディションで最優秀賞を獲得しデビューした。近年はウィーン中心に活躍中。
1月13日(木)
管第2次内閣の主要な顔ぶれが明らかになった。
ー官房長官: 枝野幸男
ー経済財政担当相: 与謝野馨
ー経済産業相: 海江田万里
ー国土交通相: 大畠章宏
ー民主党代表代行: 仙石由人
かなり思い切った人事である。枝野官房長官、与謝野経済財政担当相、仙石代表代行らの新人事には一部に相等な抵抗が出ているようだが、私見では大胆で且つ狙いが明確に出ていて悪くない人事だと思う。
・脱小沢路線を明確にした。
・消費税の増税を含めた財政再建を目指す。
・TPPへの加入に大きく舵を切った。
少なくとも以上の3点だけは国民に対する明らかなメッセージだと受け止める。同時に、野党の主張する2つの問題、即ち小沢氏の政治と金の問題、仙石氏と馬淵氏の問責決議への対応についても一定の配慮がなされた。この体制で24日からの通常国会を今度こそ熟議の場としてもらいたいものだ。
大極的には自民党に政権を取ってもらいたいとは思うが、短期間に日本の顔がコロコロ変わりすぎるのも考え物。新体制なら、民主政権発足当時の鳩山、小沢、平野、輿石らの体制に較べて大きな改善だ。次回の衆院総選挙までは新内閣に期待したい。民主党政権も政局ばかりで何の政策も実現できずに下野するようでは全く進歩がない。2大政党を実現するためにも、菅政権には少し腰を落ち着けて大きな目標を幾つか大胆に実現してもらう必要があるのではないか。野党も揚げ足取りと些細な点にケチをつけることをやめて、そろそろ真剣に国政の議論を深めてもらいたいものだ。
1月15日(土)
今日は読売日響の今年第1回の定期演奏会で「横浜みなとみらい」へ。演目は、ドイツを代表する3人の大作曲家、シューベルト、モーツアルト、ブラームス。ベートーベンが無いのが寂しいが、どれも晩年の作品で聴き応えのある選曲だった。
シューベルト「ロザムンデ序曲」は重厚なファンファーレで始まる軽快な曲。モーツアルト「ピアノ協奏曲第27番」は初めて聴く曲だった。26番の「戴冠式」は有名だが、27番はモーツアルト最後のピアノ協奏曲で、彼の没年1971年に作曲された唯一の作品。モーツアルトとは思えない、メリハリの効いた曲で、特に第1楽章最後のピアノソロは迫力があった(ピアノはスティーブン・オズボーン)。
本日のメインはブラームス「交響曲第4番」。この曲も、ブラームス最後の交響曲で、重厚な響きのある作品。指揮者はオーストリアのカルロス・カルマー。タキシードに真紅の腹帯と同色の蝶ネクタイと、オシャレないでたちでなかなかの熱演だった。
このところ日本列島に寒気団が居座っているとかで、とても寒い。今日はマチネー(昼の公演)だったが、それでも帰るころは冷たい風が頬を切る。帰ってみると、ネコのゴンタは淳子のベッドで悠々とお休みだった。
この寝顔! 本来なら野良猫の分際で寒空の下で震えているはずなのだが、ヌクヌクと眠ることができる幸運を自覚しているのだろうか。
1月16日(日)
松戸に住む3女・麻子のブログによると、千葉では雪がfが降っているとのこと。此処東京は朝から雲一点ない青空。昨今のニュースで、各地の大荒れの天候が報じられるたびに東京は恵まれていることを痛感する。
先日、アリゾナ州のトゥーソンで凶弾に倒れた米民主党のギフォーズ議員が、新聞報道によると、自力で呼吸できるまでに回復したという。だが、詳しく読むと容態は厳しい。酸素吸入器を外したものの、気管切開の手術をしたとあるから厳密には自呼吸ではない。18年前の同じ頃(正確には現地時間1月14日午後8時半)、ミシガンの雪の中に倒れた妻の晩年は、植物状態ではあったが、気管切開はしていなかった。ギフォーズ議員も恐らく植物状態から回復することは難しいだろう。
驚くべきは、ギフォーズ議員狙撃の事件があってから、アメリカでは銃の売上が激増しているという。事件の2日後の1月10日、アリゾナ州では1年前の同じ日と較べ60%も多い263丁のハンドガンが売れた。オハイオ州では65%増の395丁、イリノイ州では30%増の348丁といった具合だ。アメリカでは自由に銃を買えることが問題だとの指摘が従来からあるが、ことはそれほど簡単ではない。米国人が銃を手放せないのは、その根底にジョン・ロックの精神が宿っているのではないか、と産経新聞ワシントン支局長の佐々木類氏は指摘する。
ジョン・ロックがその著「統治二論」で示した「社会契約説」によると、人間が自分を守る権利と労働力の結果生まれてきた私有財産は人民の契約(社会契約)に基づいて、国家が成立する以前からあった。これは「自然権」であり、国家がこれに干渉してはならないと定義した。
この精神を引き継いだ英国の植民地人、つまり米国人は自分たちに重税を課す英国に対して立ち上がり、独立戦争へと進んだ。ジョン・ロックの思想的遺伝子を引き継いだ米国人の心の奥底には、こうした普遍的価値観が根付いているのではないか。
昨今、反政府活動で話題を呼んでいるティー・パーティにあっても、オバマ政権の大きな政府による課税や医療保険制度の改革に対して「私有財産が侵される」と反対してきたのにもこうした背景があるのではないか、と佐々木氏は指摘する。
そうだとすると、例え国家に対抗することになっても、銃を手にしてまで私有財産を守ろうとする心情の根は深い。簡単に銃の販売規制だけで解決される問題ではなさそうだ。
1月19日(水)
今日も快晴で、風もなくやけに暖かい。昼前、新宿小田急百貨店のアートサロンに堀本恵美子/羽生光善・親子展を見に行った。羽生光善氏(93)は現役最高齢の能面師。今も荻窪の工房で新しい能面の制作に励んでおられる。堀本恵美子さんは羽生氏の長女で、洋画家。その昔、宇部興産の私と同じ職場に勤務していたことがある。
堀本さんの画は所謂抽象画に分類される。テーマは何時の場合も「波(Current)」で、宇宙をさまよう魂が見る光景が表現されている。以前は「青色」を基調に描かれていたが、最近では「黄金(きん)色」が多くなった。下に示す「宇宙の光」はタテ175cmもある屏風4面の大作だが、全面に使われている絵の具は黄金色のアクリル水彩である。
展覧会の後、新宿サブナードの「ぼてぢゅう」でお好み焼き。このところ、大阪風お好み焼きにはまってしまったような気がする。(写真左:羽生光善氏作の能面「般若」、右は堀本恵美子さんの「宇宙の光」。いずれも堀本さんのブログから借用)
1月21日(土)
東京はどうして毎日こんなに天気がいいのだろう。このところ1ヶ月以上ずーっと快晴の天気が続くように思う。
実は、2日前の木曜日、朝起きたらやけに右腕の付け根が痛い。大したことはないだろうと、体操教室も何時もどおり出席。だが、夕方には右腕が全く上がらなくなった。ひょっとしたらパソコン病かもしれないと、2日ほどパソコンを触らなかった。そのお陰かどうか、今日は調子がよい。
昨日、チョット気になっていた本を読み終えた。加治将一「あやつられた龍馬」(祥伝社)。何だかすごい内容だった。通説とは全く異なる龍馬の素顔。著者の発想もユニークだが、それなりに信頼できる資料に裏打ちされている。
驚くべきは、明治維新が英国の描いたシナリオで、英国の意図するように進められ、その中でスパイの役割を演じた龍馬は出すぎた真似をしたため、最後は粛清されたとするストーリーの展開。しかも、舞台裏で暗躍するフリーメーソンの実態についても鋭く追及している。
古くから存在する秘密結社「フリーメーソン」については多くの謎に包まれている。宗教団体ではないが、至上の神を崇める。現在、世界中に400万人のメンバーが居るとされるが公表されていない。だが、多くの有名人が入会していたことはハッキリしている。
アメリカ人では、ベンジャミン・フランクリンに始まり、初代大統領のワシントン、第5代のモンロー、それに明治維新の契機となったペリー提督、それにダグラス・マッカーサーまでも…
ヨーロッパでは、ジョージ4世、エドワード5世などの英国王、ローマ皇帝のフランツ1世、音楽家では、バッハ、ハイドン、モーツァルト、ベートーベン、リスト。各界の著名人が続々と登場する。
Free mason:直訳すれば「自由な石工」で、古くは建築の要諦となる石工の組合だったらしい。中世以降はカトリックに反抗する人たちが集まったようで、ロッジと呼ばれる集会所(キリスト教の教会のイメージ)が世界各国のいたるところに作られている。
メンバーは各ロッジに所属するが、ロッジをまとめる本部もある。組織としてはカトリックやロータリー・クラブに似ている。各ロッジの玄関には必ずフリーメーソンの象徴である「コンパスと定規」(石工の必需品であった)それに至上の神を表わす「ピラミッドの上の第3の眼」が掲げられる。
この第3の眼はアメリカの1ドル紙幣のデザインとしても使われていて、現在も流通している(写真)。
本題に戻ると、明治維新で活躍した幕臣、公卿、藩士たちの多くが3人のイギリス人にあやつられ、彼らの描いた筋書き通りに倒幕を実行していく、といったストーリー展開になっていて、コトの事実はどうあれ、読み物としても実に面白い。
私の注目した点をメモ的にまとめたので、興味のある方は参照願う。→こちら
夜は恒例となった「遅ればせの新年会」。毎年1月に昔の職場の仲間を我が家に招いて「スキ焼パーティ」をもっている。現役の連中なのでスケジュール調整が難しい。今日も6人の予定が2人がドタキャンで4人となった。糸口、喜多村、新谷、花本の4氏。花本氏は初参加だが、なかなかの酒豪。私は飲まないので、酒は彼らが買ってくることになっている。ビール6本だけは準備しておいた。それと彼らが持参した缶ビール6本と赤ワイン2本をアッという間に平らげた。そこで、やおら花本氏からリクエストが出た。
「すみません、焼酎いただけますか」
「そんなもの、ないよ」とすげなく答えたものの、「?」と思いなおした。
新谷氏との事前のメール連絡で、私から次のように伝えてあったのだ。
『アルコールはありませんが、ビール6本は冷やしておきます。これで足りますか? もし、焼酎を飲むなら、氷、レモン、梅干くらいは用意しておきます』
で、新谷氏からは『それで十分です』との返信があった。
私の意図は、彼らが持参するお酒が焼酎なら、レモン、梅干、氷くらいはそろえておきましょう、ということだったのだが、新谷氏は『ビール6本プラス焼酎にレモンと梅干が用意されている』と理解したらしい。『それで足りますか』という文言が文章全体の最後にあるように受け取った。だから、『それで十分です』と返信してきたのだ。そのことに漸く気がついた。が、時既に遅し! 結局、以前買っておいた白ワインのハーフボトルがあったのでそれを提供したが、何となく物足りなさそうな雰囲気であった。日本語は難しい。
1月24日(月)
昼前、所用で阿佐ヶ谷まで出かけるので車に乗ろうとしたところ、窓ガラスやボディが粉が吹いたように点々と白くなっている。昨夜、ニュースでは報道しなかったが、黄砂が降ったらしい。中国からの招かざる客だ。
夜、塾の帰り、駐車場まで行く途中で雨が降り出した。何日ぶりだろうか。バッチリのタイミングで恵の雨。車をキレイにしてくれるだろうと喜んだが、家に着くころにはもう止んでいた。流れそこなった黄砂はベットリと糊のようについたまま。却って汚くなった。明日は洗車に出さないと…
通常国会が始まった。菅総理の施政方針演説は、ダイジェスト版を聴いただけだが、メリハリがあって悪くなかったと思う。だが、自民党をはじめとする野党各党は無理やりにケチをつけて、協力の姿勢がまるで見られない。喫緊の課題である23年度予算にしても、最初から審議する姿勢がない。事前協議で民社党が修正に応じる用意があるといえば、修正を前提とするような自信のないものを出すなと、まるで”ああ言えばこう言う”の繰り返しである。
これじゃ、以前の自民党と民社党が入れ替わっただけではないか。国会は審議の場だ。自民党ももう少し大人になって、模範的な野党の姿を見せてほしい。少し真摯な態度で議論できないものか。相も変わらず子供のけんかのように思えてならない。
1月25日(火)
第4火曜日はエッセイ教室。教室の後、去る10月に難病のALSで逝去された江守由子さん宅を三木大先輩と訪問、仏前に焼香した。位牌の横に置かれた写真の中から
59歳の若さで逝った江守さんのチャーミングな笑顔が語りかける。
「よく来てくれたね」と言っているようだ。線香だけでは物足りないと感じて、家族の方のお許しを得て般若心経を行じた。
お別れを済ませ、ふと横を見ると、江守さんの可愛がっていたネコの「チャド」が、寂しそうに写真を眺めているのに気がついた。何時までも戻らない御主人をじっと待っているチャドの心情を思うと、思わず目頭が熱くなった。
このところ出かけることが多く、不覚にも風邪を引いたようだ。インフルエンザが流行っているので予防接種を受けようと思っていた矢先である。風邪を引いてワクチンを接種するとどうなるのだろうか。あまり良い結果になりそうもない。
というわけで、今日は早く寝ようと思っていたのだが、アジアカップのサッカーを見ていたら、延長戦からPK戦へと進み、最後まで観てしまった。サッカーは決して好きではないないが、こういう大試合は面白い。そして、このところ全く勝てなかった韓国にPK戦にまでもつれ込んでの勝利。とても見応えがあった。
1月26日(水)
朝方、所用で蒲田に行こうと駅の近くまで行くと、何だかたくさんの人だかり。新田神社の方角だ。消防車が停まっているので火事かと思った。野次馬根性を出して行ってみた。すると、火事は火事でも防火訓練。神社の文化財を火事から守るための訓練だという。新田神社は鎌倉の武将、新田義貞の子・新田義興(にった・よしおき)を祀る。先年、650年祭が行われた由緒ある神社。神社の境内には、当時の格好をした武士たちが駆け回っている。大八車に載せた手押しポンプで放水する姿もある。時ならぬ時代劇に大勢の見物客から歓声が上がる。こうしたイベントで伝統を守るのも意義があると思う。
愛車・三菱ギャラン/フォルティスも購入後3年を経過し、初めての車検に出した。これまで車検の都度新車に買い換えていたので、車検の値段を忘れてしまっていた。夜、納車に来たセールスマンの請求書は145,000円! 車検って、こんなに高かったかなぁ…
日本の各地では雪に埋もれたところも少なくないが、このマンションでは水仙の花が満開。寒風に吹かれながら健気に咲いている姿は”春遠からじ”を思わせる。
1月28日(金)
第4金曜日は「ユーモア・スピーチの会」。今回は余分な仕事を仰せつかった。正月2日、児玉さんらが年賀に来られたとき、私の作ったお節料理の中の一品、「牛肉の佃煮」が好評だった。そこで、児玉さんが「今度のユーモア会のとき、これ作って」とまた無邪気なお願い。頼まれるとイヤと言えないのが、私の損な性分で、「牛丼風に」というスペシャル・リクエストまでつけて引き受けてしまった。
肉料理のポイントは何と言っても牛肉の善し悪し。この近所には美味しい肉屋がない。昨日、雪谷の馴染みの店「アンデス」で肉を買っておいた。今日は朝から佃煮の煮込みと味付け。12人分なので大鍋に一杯の佃煮が出来上がった。「牛丼風に」というのに気を遣いすぎて少し汁気の多いものになってしまったのは残念。まぁいいか、鍋をラップで2重に覆い、3本の輪ゴムででしっかりとめる。セシリア館(児玉邸)までは満員電車を5回も乗り換えて片道1時間の道のりだ。途中で中身がこぼれたりすると大変なことになる。重いカバンを提げて駅の階段の昇り降りは骨が折れる。更に、ラッシュ時の渋谷から新宿までの山手線に乗るのも辛いものがある。
今日の集まりは「新年会」ということもあってアルコールの差し入れがやけに多い。私には猫に小判。途中のコンビニでウーロン茶の2リットル瓶を買ったので、荷物が余計に重くなった。今日は何だか盛り上がって、帰宅したのが夜中の12時前。それから明日の朝食を作り、ユーモア会のHPを作成。とうとう、この時間(現在4時半)になってしまった。写真はズラリと並んだドリンク。尚、会の報告は→ こちら
1月29日(土)
長女の恭子がもう直ぐオーストラリアに向けて出発する。最後の週末ということで、壮行会を兼ねて娘たちに夕食を御馳走することになった。2年もの間日本を離れることになるので、少し張り込んで、田園調布倶楽部の鉄板焼き「田焼(でんしょう)」へ。
多摩川駅の直ぐ前にある小奇麗な店で、週末は込み合うので早めに予約を入れた。店に入ろうとすると、店から出てくるところのA氏にバッタリ。女性との2人連れだったが、予約を入れてなかったため断られたという。やっぱり!
マスターがコーナーの3席を確保してくれていた。いつもは昼に来るのだが、夕食はかなり高い。鉄板焼きコースを奮発した。帆立のカルパッチョに始まり、黒毛和牛のニギリ、野菜、メダイ、和牛ステーキと続き、最後はガーリックライスとスープ。久し振りの豪華ディナーで娘たちは大満足。
食後は階下のバー「アクアラウンジ」に下りてゆっくりコーヒーを啜る。こちらはタバコが吸えるので落ち着く。壁には4面の水槽が並び、熱帯魚が悠々と泳ぐ。ゆったりした雰囲気に恭子も気に入ったようだった。
1月31日(月)
1月は今日で終わり。我が家は平穏無事だったが、世の中色々なことがあった。特に、終盤に入ってから立て続けにビッグ・ニュースが飛び込んできた。
自然災害では、鳥インフルエンザに始まり、霧島山・新燃岳の噴火、日本各地での大雪(東京では連日快晴)。嬉しいニュースでは、矢張りアジア・カップでの日本チームの優勝。海外では、北アフリカ各地での暴動。それに、今日のニュースとしは小沢氏の強制起訴。
最近の小沢氏周辺はヤケに強気で、離党も辞任もしない、裁判で堂々と無罪を勝ち取るとしている。一方、主流派は小沢問題の対処に手詰まり感が目立つ。政倫審は立ち消えになり、証人喚問には踏み切れない。それを見透かしたように、野党各党からは証人喚問というカードを突きつけられている。このままだと、肝心の国会審議が進まない状況だ。
この1年余り、小沢氏の裏金作りの実態を折に触れ追ってきたが、私の感覚からすれば小沢一郎という政治家の強引なまでの資金集めのやり方は社会悪とも映る。今回の強制基礎の対象は世田谷の土地購入資金の出所でしかないが、法律の裏をかいくぐった巧妙な錬金術にも鋭いメスを入れてもらいたい。最たるものは政党助成金の”横領”にある。新進党時代からのものを含めると、恐らく、100億円近くに上るだろう。政党助成金の原資は国民の税金なのだ。自民党が証人喚問に固執するのは、小沢氏が解党、離党するたびに消えてしまった政党助成金の行方を追及する狙いがあるからだ。
管政権にとって”小沢切り”は政党分裂の危機を招くことになるだろう。だが、此処は乾坤一擲、早い段階で小沢氏の証人喚問を決断すべきであった。今や民主党のみならず政界全体の浄化のためには切開してウミを出すしかないのではないか。