4年あまり続いた「介護日記」は、妻の死を以て終えることとした。
 本日より、タイトルを新たに「介護日記ーその後」とし、自由日記スタイルで生活の記録を留めようと思う。また、妻がこの世に存在した証をアピールするため、我々夫婦の生き様をテーマに私小説に挑戦することにした。仮題を「白い闇」と名付けたが、これは私の自分史でもある。「白い闇」は毎週月曜日に掲載の連載小説となる。(2008年4月21日)

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尚、このページのBGMはアクエアリアス氏のアルバムから、この日記のスタートに因んだ「春」のテーマとして、私の好きなベートーベンの6番「田園」の2楽章を借用した。




                  
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2020年(令和2年)




3月28日(土)

 天気予報は雨だったが、花曇りの一日。多摩川の川面にはカヤックが出て、ボートマンたちが水温む多摩川を滑る感触を楽しんでいる。カヤックが姿を消すと、水面に出た流木に3羽の川鵜がやってきて、水面を”鵜の目”で見つめて獲物の魚を捜している。7階のベランダから真下を観ると、ほぼ満開の桜の樹海が見える。桜は、矢張り、下から観るもので、上からだと花弁の裏側を観ることになる。

 先般、東京都の小池知事がコロナ・ウィルスが猛威を振るう現状に鑑みて、オーバーシュートを避けるため、週末の外出を自粛する旨の要請を出し、近隣の県知事も歩調を合わせて週末の外出を自粛するように訴えた。市民はこれを”スワ! 危機到来!”と受けとめたのか、非常食や必需品を確保するためにスーパーに殺到。お蔭で、我が家の最寄りのスーパー「東武ストア」に買い物に出かけた私は、レジで1時間近くも待つ羽目になった。

 「オーバーシュート」とは、これまであまり聞きなれなかったが、株式などでは、相場の「上げ過ぎ」や「下げ過ぎ」を表す用語として以前から使われていた。斯くいう私も、コロナ騒ぎをきっかけとした株価の「下げ」のオーバーシュートの被害者でもある。「オーバーシュート」はコロナウィルスの伝染に関しては「感染者の爆発的増加」という意味で使われているようだ。未だ、1年の1/4しか過ぎていないが、今のところ、今年の流行語大賞の本命だろう。

 今日は、外出自粛要請を受けた週末最初の日だが、通りを行く人は何時もと同じで、必ずしも家の中にジッとしているわけではないようだ。それよりも、私は、久しぶりのコンサートに行くはずだったのだ。本日、みなとみらいホールで公演予定のベートーヴェン「ピアノ協奏曲第4番+第5番」は私が長らく楽しみにしていたものだ。前回、クラシックコンサートを聴いたのは、2月15日の県民ホールでの「ベートヴェン特集」。それ以来だ。あの日のコンサートはベートーヴェンの「いいとこ取り」であった。その後は、予定していたコンサートはどれも中止または延期で実現せず、もう40日以上も生の演奏を聴いていない。今日予定の「みなとみらい」だけは、催行することが早くから決められていた。が、小池都知事のダイナマイトならぬ、オーバーシュートを手にした強迫に、主催者の神奈川芸術協会も折れてしまった。昨日、同協会から、10月4日に延期する旨の電話があった。残念無念!! 

 首都圏は、「週末外出自粛要請」が出たことから、侘しい週末となったが、外国はもっと大変なようだ。今朝、ロンドンのM女からメールを貰った。彼女は神戸高校の同期生だが、英国人に嫁いでロンドンで暮らすことになり、日本を離れて50年近くになる。ロンドンでは、会社はテレワーク、学校は休み。レストラン、バー、シアター、映画館、図書館、美術館など人の集まる所はすべて閉鎖、食物と 薬局以外の店は皆閉鎖。食料品店の棚は、めぼしいところはどれも空っぽ。お店に並ぶには、伝染しないように2m離れて立つ。これを「Social distance」というらしい。息子さんが食料品を買って帰ってきても、2m離れて受け取るとか。

 下の写真は、多摩川に漕ぎ出たカヤックたち。右は、水面下の魚を狙う川鵜たち。上の右は仏花・13w-2020。黄色の百合の花を主役に脇役も和花に統一した。

   



3月23日(月)

 今日は鳥の話題を2件。一つは、もちろん、ケンゾーのこと。我が家で鳥といえば、ケンゾー君だ。で、もう一つは鳥谷?? NO, NO! もっと身近でビックリな話だ。

 先ずはケンゾーだが、3日前に、また、卵を産んだ。これは特に驚かない。猶井小鳥店の女主人から「3月にもう一度産卵期がありますよ」と予告を頂戴していた。驚くのは、産んだ場所である。鳥篭の中だが、その鳥篭の中でも最も変なところに産んだのだ。水飲み容器の中だ(右写真)。先ず、これを産んだ時の姿勢を想像してみた。この容器は左側が鳥篭に固定してあるので、その中に産むためには、容器の右にある踊り場に後ろ向きに止まる。そして、お尻が水の上に来るのを確かめておいてグイと気張る。すると、お尻から出てきた卵がポチャンと水の中に落ちる。その昔、ポットン便所にウンチを落とし込む技だ。どうしてこんなところに産む必要があるのだろう。猶井小鳥店からは答えがなかった。

 一方、このブログの愛読者、佐藤さん(宇部興産時代の同僚)からは、次のような返事が…。
「ケンゾー君が面白いところに産卵しましたネ。前のオーちゃんは卵を産み続けましたが、色んなところで卵を産んでいました。最近はもう見付からなくなりましたが、亡くなった当時は食器棚の中とかテレビの後ろとかから出て来ました。トータルで100ケ以上産みました。」
 少し説明を加えると、オーちゃんというのは、佐藤さんが飼っていたオウムだ。このオウムは、ケンゾーと同じでオスを買ってきたと思ったら卵を産んだのでメスだと発覚した。昨年、亡くなり、今は2代目オーちゃんを飼っている。別に、カナリヤも飼っているのだが、先代のオーちゃんもそうだったが、カナリヤそっくりな鳴き方をするところが佐藤さんの自慢だ。要は、人間の声だけでなく、カナリヤの鳴き声をメロディーともども忠実に真似るというのだ。その先代のオーちゃんは、放鳥の時間は放し飼いだったので、亡くなってしばらくは、「あれ、こんなところに卵が!」というところに生み落としていたのだという。要は、鳥というものは飼い主を驚かせるような場所に卵を産む習性があるのだという答えだろう。

 ケンゾーは今年6ケの卵を産んだ。昨年は2度の産卵期があり、併せて10ケの卵を産んだので、現在、ケンゾーの産んだ卵は全部で16ケとなった。佐藤家の初代オーちゃんの100ケにはまだまだ遠く及ばない。

 余談だが、オウムの物真似で思い出したことがある。ドイツ時代に一緒に仕事をしていた秘書のアンジェラ(英国人)は、現在、結婚(何度目?)してカナダに暮らしているのだが、時々、近況報告のメールが届く。アンジェラは小鳥が好きで、インコを飼っているのだが、そのインコが実に上手な英語を喋るという。小鳥の脳細胞はどのくらいあるのか知らないが、飼い主の言葉を真似ていくうちにボキャブラリーが増えていくのだろう。そして、アンジェラそっくりの発音だとすると、そのインコの前では、私の英語なんて恥ずかしくて喋れないだろう。

 さて、もう一つの鳥の話だが、今度は少し大きな鳥だ。我が家のマンションは、庭に大きな樹がたくさんあることと水場(多摩川)に近いということから、鳩がよくやってくる。リビングのベランダには人がしょっちゅう出入りするので飛んでこないが、家の裏側のベランダにはよく飛んでくる。油断をしていると、軒先に巣を作るのだそうだ。そしてそこに産卵するとたくさんの小鳩が巣の回りを飛び回り、ベランダが鳩のウンチでベットリなるとのこと。それを避けるために、裏側のベランダには鳩除けネットが設置されている。ベランダの柵と軒先との間に布製のネットを張り、鳩が入らないようにしてあるのだ。

 裏側のベランダというのは、私の書斎についているバルコニーだ。私は窓に向けてパソコン机を置いているので、パソコンの作業中には、ガラス越しにバルコニーの様子が見える。昨日の夕方、パソコン作業していると、突然、ガラスの向こうでバタ・バタ・バタッ!と、羽音がして黒っぽい鳥が猛烈な勢いでネットにぶっつかるのが見えた。鳩より少し小さい鳥だ。一瞬、モズかと思ったが、違う。カラスのようでもあるがもっと小さな鳥だ。偶々、月曜の午後は掃除のオバサンが来ているので、オバサンにもその様子を見せた。
「あれはカラスじゃないね。羽の色が濃紺だから…」という。続けて、虫網でもあれば自分が捕まえて見せる、というので、管理事務所に電話して、虫網のようなものがあるかどうか訊いてみた。
「虫網ではないけれど、玄関横の池の魚を救う網があると思います」というので、留守を掃除のオバサンに頼んで、管理人と一緒に探すことにした。で、管理人が「ここにあるはずだ」という、2号棟の物置を捜したけれど、見つからなかった。

 家をオバサンに任せて出てきたので気になる。最悪の事態は、オバサンが不用意にガラス戸を開け、その瞬間に鳥が家の中に入ってきたりすると、興奮して家の中を飛び回るだろう。リビングに飛んでくればケンゾーがパニックになることは間違いない。心配しながら部屋に戻って「網はなかったよ」と、報告すると、
「もう、逃げちゃいましたよ」とオバサン。そうか、侵入したところがあるわけだから、そこを捜せば脱出できるはずだ。恐らくバルコニーの柵の壁の切れ目に網の無い箇所がある(右写真)。結局、あそこから侵入して、あそこから脱出したのだろう。まぁ、良かった。もう2度と侵入するなよ。

ついでに、どなたか、この鳥が何という鳥なのかお分かりの方、教えてください。回答がない場合は、会社時代の同僚、荒尾精二クン(武蔵野野鳥の会・会長)にでも訊いてみるか。カラスの子ども?? ヤッパリ…!


3月20日(金)

 春分の日。春のお彼岸である。朝からの好天に誘われて、外出したくなった。先ずは、懸案の4月4日の法事について、蒲田の青巒寺に打ち合わせに出かけた。妻の七回忌以来だから6年振りだ。青巒寺は以前のままだった。住職が門を開けていてくれたので、車をそのまま前庭に入れて駐車した。このお寺、左側に本堂への玄関(写真右)があり、右手に勝手口がある。こちらのチャイムを鳴らすと、住職が出てきた。6年前とちっとも変っていない。以前は、年配の女性が同居されていた。お亡くなりになったという。てっきり御母堂かと思っていたが、どうやら、伯母さんに当たる方だったらしい。いずれにせよ、その方が亡くなったということは、このお寺を住職が一人で切り盛りしているということだろう。未だ60の前半だから出来るのだろう。80翁にはとても無理だ。

 台所の横の部屋で話をしていても、引っ切り無しに「ピンポーン」が鳴る。今日は旗日だからというのもあるかもしれないが、一人でやっていくのは大変だろうと推察する。住職が来訪者の相手をしている間、部屋の本棚に置いてある本のタイトルを拝見すると、仏教関係の書物が多いのは当然だが、その次に多いのは美術関係の本。そして、部屋の壁にもたくさんの油絵が掛かっている。住職が自分で描いたのか訊いてみた。
「これは、どれも親戚のプロが描いたものです。島田利一という人です。祖母の甥にあたります」とのこと。日展の島田利一なら、かなり名のある画家で、闊達な筆使いが魅力的だ。左は第43回日展に出品された「海浜集落(稲取)」。

 青巒寺を失礼して、今度は割烹「梅の花」に。梅の花は蒲田駅東口の「アロマスクエア」にある。駐車場はスクエアの地下にあり、隣の「アプリコ・ホール」の駐車場も兼ねた広大なもの。迷ってはいけないので、随所で案内人に訊いて、「梅の花」に入った。備忘録として記しておくと、一般駐車場は地下2階にある。ここの駐車スペースはA,B,Cの3ブロックに分かれていて、梅の花に直結のエレベータは「B-1」地区にある。だから、B地区に駐車すると便利だ。当初、13人で予定で、一番大きなテーブル個室「杏花」を予約していたのだが、人数が8人に減ってしまった。個室の変更を要求されることを覚悟していたのだが、「杏花」のままでOKとのこと。ラッキー! 帰りの駐車場出口は、西出口から出ると環八にすぐ出られることが分かった。

 帰路はスーパー「Olympic」まで足を延ばし、買い物をした。食品売り場には、お彼岸ということでおはぎをたくさん売っていた。見ていると何だかすごく美味しそうだ。しかも、包装の表示を見ると「おはぎ」とあるのが嬉しい。元々、「おはぎ」は関西の言葉で関東では「ぼた餅」と呼んでいたはずだ。が、関西弁の「おはぎ」が正式名称になっているのも嬉しい。ついつい一番小さいのを買ってしまった。その帰り、「多摩川21世紀桜公園」に立ち寄ってみた。此処が多摩川沿いでは花見のメッカだ。暖かな春の陽気の休日ということもあって、花見客は結構出ていたが、開花の方はホンの一分咲き。申し訳程度の開花状況だった。
写真は左から、「21世紀桜公園の花見客」、「近くで一番咲いている枝」、「キャノン裏手の道路」(こちらの方が少しは開花が進んでいる。尚、道路左に駐車の車は愛車「三菱・ミラージュ」。

   



3月17日(火)

 現在、18日の午前4時。リビングのTVを観ながらうたた寝。目が開いたら3時だった。明日(4時間前から今日だが)の朝食を作って一息ついている。日記を開けてみると、もう5日もブランクがある。アッという間に日が過ぎていく。最近は、バタバタと時間が過ぎていくのは、先月12日に引き受けた通信家庭教師の仕事がかなり大きな負荷になっているからだ。

 それと、淳子が近くに越してきて、1日おきにやってくるようになった。要は、自分のアパートの風呂場を物置にしてしまって、我が家の風呂に入りに来るのだ。大体、仕事帰りの7時前後にやってくるので、必然的に食事の支度も必要だ。淳子にとってみれば”食事つき温泉”の感覚かもしれない。独居老人の孤独が慰められるという面もあるが、矢張りそちらに時間を取られる。ついつい、淳子の観ていない野球放送(タイガースの勝ち試合のみ)の録画鑑賞に付き合ってしまうのだ。

 最近の出来事としては、コロナウィルスのパンデミック宣言があってから、予定のスケジュールがころころ変わる。大きなところでは、オーストラリア在住の長女・恭子夫妻が4月4日の法要に出席できなくなった。何でも、モリソン首相が2日前に「非常事態宣言」を出し、すべてのオーストラリアに入国する旅行者に対して、2週間の自己隔離措置が義務付けられたという。

 つまり、恭子夫妻が日本に来ると、オーストラリアに帰国するときには到着後2週間は隔離されてしまうのだ。その発表があって、恭子の勤める病院でも、マネジメントから全従業員に対して「不要不急の海外旅行は自粛せよ」とのお達しがあったという。というわけで、既に航空券は購入済みで日本のホテルも予約済みだが、今回の日本行きを断念せざるを得ないとの恭子からのメールが、昨日、入った。というわけで、法事のアレンジも再調整が必要になった。今日にでも、青巒寺に一度行って、打ち合わせて来た方がいいかもしれない。

 写真、右は仏花 2020-12w。バラとスプレーカーネーションを加え、撫子を前に出して少し賑やかになった。左は、昨日訪問した林歯科医院の診察室にあったシクラメン。林先生はお花好き。手入れもお上手で、このシクラメンは昨年のクリスマスごろからもう3ヶ月近くも診察台に座る患者の目を慰めてくれている。

 現在、既に5時半だ。もう一度寝るか。それとも、このまま起きてしまうか…。



3月12日(木)

 このところ、天気のいい日が続く。毎朝、西の空に現れる富士山の雄姿を観るのが楽しみではある。今日の好天とは裏腹に心配なのが、コロナウィルス。コロナ騒ぎはその後もコロナウィルスが勢力を拡大し、一昨日は、プロ野球の開始を遅らせること、昨日は、春の選抜高校野球については今年は中止することが決まった。高校野球は高校球児たちが甲子園を目標に調整を重ねてきただろうに、中止は大きな衝撃だろう。プロ野球の方は、選手への影響というよりファンへの影響が大きい。早い話が、私は娘と4月10日の阪神 vs.ヤクルト戦を甲子園球場に観戦に行くことを早々と決めて、チケットの購入からホテルの予約、それに航空券の購入とすべて手配済みだった。それだけに、4月10日の試合が無くなればショックは大きい。

 日本以外でも、コロナウィルスは猛威を振るっているらしく、今日、WHOが「パンデミック」を宣言した。本日現在、コロナウィルスによる世界での死者数は5,000人に達していない。過去のパンデミックで最大のものは、14世紀中ごろヨーロッパ中心から広がった黒死病(ペスト)で、死亡者数は7,500万人~2億人とされている。十大パンデミックの10位のものでも、インドのガンジス川で発生したとされる「第3次コレラ・パンデミック」で、死亡者数は100万人を超える。それらに較べると、今回のコロナウィルスによる死亡者数はケタ違いに小さい。にも拘わらずWHOがパンデミック宣言をした背景には、伝染の速度があるとされる。現在のコロナウィルスにによる伝染速度は SARSの8倍といわれ、特にヨーロッパでの伝染速度が速い。

 グッドニュースもある。オーストラリアでは、日本が「ハイリスク・カントリー」から除外されたとのこと。今は、イタリアと韓国が残っているらしい。今日、在オーストラリアの長女・恭子から連絡があった。恭子は、アデレードの新しいリハビリ病院に正看護師(RN: Registered Nurse)として勤務中だが、海外旅行をする場合は、マネジャーの許可を取らなければいけない。日本は先日までハイリスク国に登録されていたので、恐る恐る話したそうだが、簡単にOKがでたと喜んでいた。恭子と夫君のニコラス君が来訪するということなら、4月4日に予定している「櫻の13回忌法要」は GO である。仏事を行う青巒寺と懇親会の会場「割烹・梅の花」とも一度詳細な打ち合わせをしておく必要がある。




3月8日(日)

 朝から雨模様でとても寒い。今日は、亡き妻・櫻の誕生日。存命なら79歳になる。2008年の今日、私は鉢植えのミニ薔薇を持って妻の病院を訪ねた。お見舞いに鉢植えはタブーとされる。根のあるものは、長く病院に居着いてしまうことになるからだ。私は、逆に、病院でいいから長くこの世に生きていてほしいと願って鉢植えにして、カードには「取り合えず、70までは頑張ろうね」と書いた。が、それから1カ月も経たない4月4日、帰らぬ人となった。

 で、今年は12年が経過したことになる。つまり、13回忌だ。仏事では、何故か知らないが、13回忌、23回忌、33回忌…と、3のつく命日が節目の年とされ、法要も大掛かりになる。だから、今年はたくさんの身内を集めて少し豪勢にやろうと計画した。中村家の菩提寺は、本来、神戸の海蔵寺なのだが、先の大震災で社寺は全壊、住職も殉死された。そこで、長男である私の居住地、東京都大田区にある曹洞宗のお寺を捜していた。京都の本家にも意見を聞いて、蒲田の青巒寺を紹介してもらった。櫻の葬儀から、仏事はこのお寺にお願いしている。

 13回忌の法要も、4月4日の祥月命日が土曜日に当たるため、青巒寺での法要と、その後の懇親会を蒲田の割烹「梅の花」に予約済みだ。段取りは出来たのだが、日が近づいてくるにつれて不安が膨れ上がってくる。今回の参加者で最も遠方からくるのは、オーストラリア/アデレードの長女の恭子と夫君のニコラス君だ。目下、オーストラリアでは、日本をコロナウィルス感染国に分類していて、日本への旅行者は帰国しても2週間は空港に留め置かれるとのルールができるのではないかと予想されている。恭子夫妻も一時帰国して、法要に出た後は、関西、広島方面に旅行し、シンガポール経由で帰国すべく、早割航空券を購入、ホテルの予約も済ませてあるらしい。今更キャンセルとなると、莫大なロスとなるため、是非とも旅行を実現したいが、帰国しても空港に2週間も留め置かれるなら勤務にも差し支えるし、Ⅰ型糖尿病のニコラス君のことも心配だしで、揺れている。

 それにしても、猖獗を極める観のあるコロナ騒ぎはいつまで続くのだろうか。今日のプロ野球オープン戦を観ていると観客席に誰も居ない甲子園球場。また、大相撲では観客席に誰も居ないのにそちらに向かって横綱が土俵入りをしたりて、如何にも不自然。早く正常な姿に戻ってほしいものだ。

 右の花は、仏花2020-11W。全開のアストロメリアはそのまま残し、櫻の好きなピンクのスイトピー、それに撫子も加えて華やかさを演出した。



3月5日(木)

 天気はいいのだが、風がとても強い。今年の春一番は2月22日に吹いた、と気象庁は発表していたが、今日の風の方がよほど春一番に近いように思う。風が吹くと、川の表面の水が波を立てる。川面全体がそうなるので、何だか川が急に年を取ったように見える(左の写真)。

 今日は体操教室の日だが、ジムでコロナウィルスに感染するというニュースが流れて、お休みになった。というわけで、懸案であったマリオさんの家の鍵修理のお手伝いをすることになった。マリオ氏は、このマンションの4階の住民だ。ドイツ系ブラジル人で20年以上前から日本で暮らしている。漫画に出てくるオヤジのような風貌だが、技術系の方らしく、通信機器メーカーのE社の日本支社に勤めている。

 このマンションに越してきたのは10年ほど前だが、日本語が覚束ないので、何かとお手伝いしている。彼は日本人女性・C子さんとの二人暮らしだが、所謂パートナーで、正式な夫婦ではない。が、近所では便宜上、C子さんのことを奥さんと呼んでいる。その奥さんは、料理の研究家で、自由が丘に食材の店を構えていたのだが、3年前に脳溢血で倒れた。丁度、私が肺がんの手術をしたのと同じ頃だった。症状は、亡き妻の桜と全く同じような状態で、一命はとりとめたものの右半身麻痺と失語症が残った。この時は、マリオ氏の一世一代のピンチであった。家事全般を引き受けて、マリオ氏の通訳としての存在でもあったC子さんが、突然、何もできなくなったのだ。

 私の時は、会社・家事・介護の3K生活だったが、マリオ氏はこれに「言葉」が加わって4K生活となった。が、彼は頑張った。リハビリ病院から退院してきたC子さんを実に甲斐甲斐しくケアした。会社の帰りに買い物をし、二人分の食事を作り、掃除、洗濯もこなし、休日にはC子さんを車椅子に乗せて散歩に出かけるのだった。私は、この漫画オヤジを大いに見直したものだ。その甲斐あってか、C子さんは3年間で驚くほど回復した。補助杖を使って一人で歩けるし、言葉も日本語の片言だが何とか喋るまでになった。

 そのマリオ氏が、先日、メールでSOSを出してきた。自宅の玄関の鍵が上手く作動せず、騙しだまし何とか使っているが、そのうちに、自分たちは我が家からロックアウトされてしまうのではないかと恐れているとのこと。このマンションの玄関錠はドイツ製の特別な錠前で、メンテができるのは赤坂にあるK社だけだ。私も合鍵を作るのに赤坂の一ツ木通りにある店を2度ばかり訪ねたことがある。私は、早速、K社に電話をかけ、状況を話して今日の16:00に来てもらうアポイントを取った。

 3時半過ぎにK社のサービスマンがやってきた。一緒にマリオ宅に行った。C子さんは、既に玄関を開けて我々の来訪を待っていた。そして、玄関のキーを私に差し出した。私はそれをサービスマンに渡して、直ぐに作業にかかってもらった。見ていると、暫く鍵を動きを点検していたが、おもむろにドライバーや見たこともない工具を持ち出したかと思うと、アッという間に錠前を取りはずして分解を始めた。腕時計でいう、分解掃除をやるらしい。慣れた手つきでバラバラにした部品の掃除を始めた。C子さんも玄関に置いた椅子に座って作業の様子を観ていた。私もマリオ氏が準備したのだろう、土間に置かれた丸椅子に腰を下ろして作業を見物した。

 小一時間もすると、作業は終わった。オーバーホールされた錠前は本来の機能を取り戻したように、スムースに作動した。メンテコストは2万円前後と予め聞いていたが、サービスマンは19,800円を請求した。C子さんは、マリオ氏から預かっていたのだろう。万札2枚を取り出してサービスマンに渡した。修理修了書には私がサインした。これで、一件落着。自宅に帰って、マリオ氏に終了報告の簡単なメールを打った。夜、マリオ氏からお礼のメールが入った。その最後の一行が印象に残る。「And I'm glad that C-ko didn't disappoint you.」とあった。

 上の写真は仏花 10W-2020。まだ元気なスプレーマムにアルストロメリアとカーネーションを加え、春らしい華やかさを出した。
 下は夕焼けの多摩川。新川崎から富士山を望む。明日も天気かな。

 


3月3日(火)

 昨日とは打って変わった好天気。春の陽光を浴びて草木の新芽が嬉しそうだ。昨日のブログで紹介した、河川敷の野球グラウンド。右翼手の守備位置の辺りをクローズアップしてお見せする。緑の芝生が少し芽を出したのがハッキリと見えるはずだ。

 3月の中旬までは、みなとみらいもミューザ川崎もコンサートはすべてキャンセルになった。それはやむを得ないとしても、3月28日から「みなとみらいホール」で始まる「華麗なるコンチェルト・シリーズ」は、是非とも、予定通り開演してほしい。今年はベートーヴェンの生誕250年記念ということで、ベートーヴェン・プログラムがたくさん組まれている。貪欲に聴いておきたい。

 今日はひな祭りだが、娘たちが独り立ちしてしまった我が家では、お雛様に縁はなくなった。お雛様といえば、その昔、宇部の2DKのアパートに、妻の両親から七段のひな人形が送られてきて、何とかひな壇の設営と人形たちの飾り付けが終わったが、人間の寝る場所が無くなったことがあった。今なら、独居老人の暮らす4LDKのマンション。お雛様を置くスペースなんてどこにでもある。あの時のお雛様は長い間トランクルームに眠っていたが、今は何処に行ったのか? 捨てられたのか、3女の家に引き取られたのか。定かではない。10年前に書いた懐かしいエッセイがあるので紹介したい→こちら


3月2日(月)

 今日は久しぶりの雨。春に向けて芽を出そうと準備中の草木には恵みの雨といえる。下の写真は、完成間近となった河川敷の野球場だが、左のグラウンドの外野、ライトの辺りの土がほんの少しではあるが、緑色に変わりつつあるのがお判りだろうか。写真では判りにくいが、実際には緑色がハッキリと認められる。芝の芽が少しずつ伸びてきたのだ。後、数週間経てば、緑の芝生が完成するだろう。

 その頃になれば、コロナ騒ぎも下火になっていて、元気な少年たちがグラウンドを駆け回る姿が復活し、選手たちのかけ声が7階のベランダまで届くようになるだろう。水面にはたくさんのカヤックが浮かび、水ぬるむの感覚が伝わってくる。多摩川に春がやってくるのだ。コロナウィルス騒ぎも収束した、暖かな春が待ち遠しい。




3月1日(日)

 コロナ、コロナと騒いでいる内に新しい月を迎えた。この騒ぎは、今月半ばで、もう、終わりにしてほしい。コロナのお蔭で、楽しみにしていた集会やイベントが次々に中止となった。集会では、先月の「四季の会」月例会に続いて、宇部興産の同期会「41会」が中止、神戸高校同期会の熱海旅行もキャンセル。イベントでは多田周子さんのロビーコンサートが中止。更に、明日のヤマハホールも中止だ。



 実は、このヤマハホールのコンサートでは、裏話がある。このコンサートの準備に大張り切りだった周子さんは、来場するお客たちに感謝の気持ちを表したいと、ハンディな消毒薬のボトルをお土産に配ることにしていた。「disinfectant(消毒液)」と書かれたボトルに、コンサートの日付と「銀座ヤマハ」に加えて「Syukoism(シューコイズム)」というキャッチフレーズが印刷してある。


 「今回は残念だけどお配り出来なくなっちゃった・・・。次回の延期コンサートには皆さまにプレゼントします」と、自分のブログに書いているが、その延期されたコンサートの日程が決まった。月曜日という条件と会場の都合で、12月14日と、何と先の話。今でこそ使い勝手のいい消毒液ボトルだが、12月ということになると、使用期限はとっくに切れているだろう。

 外のイベントが中止になるなら、我が家で少しはパッとしたことをやろうというわけで、今夜の食事はすき焼きにした。徒歩7分の距離に引っ越した淳子は喜んでやってきた。お肉は「スーパーOK」でA5黒毛和牛の切り落としを買った。高齢になってくると、牛肉は矢張りシャブシャブかすき焼きにして食べるのが美味しい。淳子も美味しい、美味しいと食べてくれた。淳子はウドンを入れるのが好きなので、最初から入れてある。

   







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2004年1月~12月分の日記を別ページにまとめました。下記をクリックして下さい。

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