4年あまり続いた「介護日記」は、妻の死を以て終えることとした。
 本日より、タイトルを新たに「介護日記ーその後」とし、自由日記スタイルで生活の記録を留めようと思う。また、妻がこの世に存在した証をアピールするため、我々夫婦の生き様をテーマに私小説に挑戦することにした。仮題を「白い闇」と名付けたが、これは私の自分史でもある。「白い闇」は毎週月曜日に掲載の連載小説となる。(2008年4月21日)

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尚、このページのBGMはアクエアリアス氏のアルバムから、この日記のスタートに因んだ「春」のテーマとして、私の好きなベートーベンの6番「田園」の2楽章を借用した。




                  
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2019年(令和元年)



11月8日(金)

 このところ安定した天気だ。そして、適当に寒い。我が家では、今朝、ガス・ストーブを出して来てリビングに取り付けた。陽が沈むと、ストーブを点けないと寒い。そして、西の空には連日見事な夕焼けが出現する。

 以前、大田区の下丸子・久ヶ原・蒲田地区の新聞販売店が出す月間ミニコミ誌「我が街かわらばん」にエッセイの寄稿を頼まれて、「書くということ」のテーマで2回にわたって執筆・入稿していた。その第1回が11月号に掲載され、新聞とじ込みで各戸に配達された(→こちら )。それが、昨日の体操教室で話題になった。

「すごいね。作家みたいだね」
「どうして、このミニコミ誌に掲載されるの?」
「これって、原稿料が出るの?」
みんなから質問が飛んでくる。

 更に、昨日は、宇部土産の利休饅頭を持参して皆さんに配ったので、何をしに宇部に行ったのか、と詰問され、講演会のことを話したら、今度はそれが話題になった。チョットした出来事を杉田インストラクターに伝えると、彼女が大袈裟に皆に報告するので、お喋りに発展して体操が始まらない。

 今日は、午後、近くのスーパーに買い物に行き、帰ろうと自転車に乗って、出ようとした時、前を子連れの婦人が通りかかり、慌ててブレーキをかけて転倒してしまった。自転車の転倒は今年3度目だと思う。明らかに高齢化が影響している。反射神経の動きが鈍くなっているのだ。以前なら、自転車が倒れる前に足を地面に着き、転倒を防ぐことができた。が、今は反応が遅くて、とっさの判断が遅れる。すると、自転車は車輪が前後にあるだけなので、物理的法則によって転倒するのだ。

 今日は、買い物の帰りだったので惨めだった。買い物のレジ袋が荷台から転がり出て買ったばかりのトマトや果物がゴロゴロと地面を転がる。転倒の直接の原因となった女性が、小走りに駆け出して拾い集めてくれるので恥ずかしい。右の胸と右足を強打したが、骨折はなさそうだ。家に帰ってズボンを捲くりあげてみてみたら、昨日の体操教室で、右膝を床に着いた時に擦りむいた場所の直ぐ下が、擦り傷で出血している。消毒の「リバガーゼ」を当てて、防水パットで止めておいた。アーア、今日も風呂に入れそうもない。

 

11月4日(月)

 月曜だけど、ハッピー・マンデーにより、文化の日が今日にずれて連休だ。元々、明治天皇の誕生日で「明治節」だった休日を日曜と重なったからと、誕生日をずらすというのは如何にも変だが、それに反対すると、祭日をを減らすことになるから政治家は誰も反対しない。こちらは、毎日が日曜日だからあまり関係はない。「ミューザ川崎」のコンサートに出かけた。出し物は、ライナー・キュッヘルのヴァイオリン・リサイタルだ。

 ライナー・キュッヘルは、元ウィーンフィルの主席コンマス。現在は、N響のゲスト・コンマスでもある。オケのコンマスが独立してソロの演奏家になることは日本でもよくある。長年のオケのコンマスとしての実績に裏付けられた演奏は、安心して聴くことができる。

 今日の演目は、ドヴォルザーク「ロマンティックな小品 0p.75」、ベートーヴェン「クロイツェル・ソナタ」、R.シュトラウス「歌劇・ばらの騎士より『ワルツ』」、クライスラーの小品4曲、サラサーテ「カルメン幻想曲」。

 この日のコンサートは、「アフタヌーン・コンサート」として売り出されたシリーズ物のひとつなので、席は何時も同じ 2F RB 1列12・13番の続き席だ。ピアノの横に立って演奏するヴァイオリニストを真正面から眺めることになり、正にベストな席だ。キュッヘルの弾く「ストラディバリウス・シャコンヌ」の音色が直線的に届いてくる。ピアノの加藤洋之もドイツで鍛えた演奏技法を前面にだして、伴奏を上手くこなした。キュッヘルとも長年コンビを組んでいるらしく、息の合った演奏だった。



11月3日(日)

  昨日から次女の淳子が来ている。何でも、職場の先輩、新潟出身のE女が、「実家から送ってきた」と新米のおすそ分けを戴いたから、そちらで夕飯に食べたいという。何せ、炊事嫌いの淳子は自分のアパートに炊飯器も置いていないのだ。というわけで、昨日の夕食は久しぶりにすき焼きにした。

 今朝はいつもの通り、7時頃目が覚めた。ケンゾーの餌と水、小松菜、水浴びの水を替えて、自分の朝食を食べたが、淳子は未だ起きてこなかった。朝食のサラダは、今日は10品。野菜は、トマト、ブロッコリー、きゅうり、アスパラ。この4品目は1年を通して同じだ。フルーツは、グレープフルーツ、キウイ、柿、ピオーネとバナナの5品。他に、好物のラ・フランスが店頭に並んでいるが、未だ固くて食べられない。それにハムを加えて10品目。

 淳子は9時頃起きてきた。食事の後、少し野球の録画を見て、放鳥タイム。ケンゾーを篭から出した。例によって、自由になったケンゾーは我が物顔で辺りを飛び回る。その姿を人間どもに見せたいのだろう、ドヤ顔をしている。こちらは、所構わず垂れ流す、オトシモノ落とし物掃除が大変だ。

   


【訃報】 田原 進 さん

10月31日、ご逝去。 享年94。(佐藤勇夫さんよりの情報)

田原さんは、宇部興産/デュッセルドルフ駐在員事務所第2代所長だった。私が第6代所長だったので、4代前ということになる。これで、私より前の所長でご健在なのは松下司郎さん(昭和8年生)のみとなった。佐藤さんの情報では、奥様(93歳)がご健在で、ご主人を介護されていたようだ。老老介護の典型だったとのこと。

 田原さんは、私が、デュッセルドルフの事務所を移転した後に、一度来訪された。感慨深げに新事務所を眺めて居られた。私は、田原さんとは部署も違い、直接の関係はなかったが、田原さんの話は色々な方からよく聞かされた。特に、故・中東素男さんからはよく聞かされた。偉大な先輩のご冥福をお祈りする。








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