4年あまり続いた「介護日記」は、妻の死を以て終えることとした。
 本日より、タイトルを新たに「介護日記ーその後」とし、自由日記スタイルで生活の記録を留めようと思う。また、妻がこの世に存在した証をアピールするため、我々夫婦の生き様をテーマに私小説に挑戦することにした。仮題を「白い闇」と名付けたが、これは私の自分史でもある。「白い闇」は毎週月曜日に掲載の連載小説となる。(2008年4月21日)

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尚、このページのBGMはアクエアリアス氏のアルバムから、この日記のスタートに因んだ「春」のテーマとして、私の好きなベートーベンの6番「田園」の2楽章を借用した。





                  
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2020年(令和2年)




9月22日(火)

 夕方、町田の「まほろ座」(→こちら)というところに行った。駅前にできたライブハウスだ。片道1時間かかる。今日は、多田周子のライブ。これまで毎月やってきたライブだが、コロナ騒ぎのお蔭で、今年3月2日の銀座ヤマハホールでの公演が中止になって以来、初めてのライブだ。クラシック・コンサートも2月15日の神奈川県民ホールが最後で7カ月以上のブランクができている。コンサート・ロスなるものがあるのかどうか、とにかく劇場で生の演奏を聴きたいのだ。

 私は、多田周子東京後援会(通称「赤とんぼクラブ」)の理事をしているので彼女のライブには出席する義務に近いものがある。同じく理事の一人O女を誘って、劇場前で待ち合わせた。今日のライブは昼夜≪2の替わり≫で行われたので、昼の部から帰る客と劇場前で会った。橋田専務理事も居た。O女と立ち話をしていた。私も暫く立ち話にジョインした。ライブは7時からだが、会場は6時。早めに入ってライブが始まるまで食事や飲み物を注文して食べる。この時間が、ライブハウスの収入に貢献するのだ。従来、この時間は同行者とのお喋りにとなるのだが、今は、ソーシャル・ディスタンスとかで、一人用のテーブルが2m間隔で並んでいるのでお喋りしようにも聞こえない。まほろ座カレーを注文して待つこと1時間、ライブが始まった。

 月例で赤坂のライブハウスで行われるときは、ステージが狭いので伴奏はギターと精々ヴァイオリンぐらいだが、今日はピアノにシンセサイザー、ヴァイオリン、ビオラ、フルートにハープとかなり大げさなシカマエで行われ、最前席の真ん中に席をもらったので、ステージの半分しかカメルに入らない。多田周子は眼鏡をかけて登場したのにはチョット驚いた。眼が悪くなったのではないだろう。途中で眼鏡を外した。そういえば、先般、夕刊フジの「ぴいぷる」面に大きく取り上げられた時も黒ぶちの眼鏡をかけた写真が載っていた。ひょっとしたら、眼鏡が似合うと思っているのかもしれない。決してそんなことはないのだが。

    

 今回のライブはニューアルバムのリリース記念という趣旨で行われたので、アルバムに収録されている新曲の紹介がメインだった。全部で15曲ほど歌ったが、その内新曲が5曲。どうも新曲とうのは苦手だ。馴染みがないのでリラックスして聞くことができない。今日の曲の中でよかった私のベスト3は、①「AKARI」、②「カッチーニのアヴェ・マリア」、③「なつかっしゃや」ぐらいで新曲は登場しない。

     


9月20日(日)

 4連休の二日目。昼過ぎに淳子がやってきた。ケンゾーの鳥篭掃除とデイゲームの阪神 vs.中日戦を観るためだ。何か細長いものを持ってきた。
「これ、フミちゃんからお土産。淳子が料理しないから塾長先生に何か作ってもらって、と言われたよ」

 「フミちゃん」、「塾長先生」。どれも懐かしい言葉だ。もう16年も前になるだろうか。私は淳子と一緒に蒲田の街中で学習塾を立ち上げた。どうして蒲田なのか、どうして学習塾なのかについてjは、当時の記事が詳しい(→こちら)。この塾は、淳子と私の2人だけでスタートしたが、生徒が増えてくるともう一人、講師が必要となった。そこで、来てもらったのが野戸史子(ノト・フミコ)さん。淳子の親友のフミちゃんだ。元々、フミちゃんは教師になるのが希望だったので塾講師はハマリ役。生徒からも「フミコ先生」と親しまれた。この学習塾は朝日新聞の全国版(→こちら)や月刊誌「日経マスターズ」(→こちら)で大きく取り上げられた所為もあって順調に生徒も増えてきた。しかし、生徒は高校や大学に入学すれば辞めてしまう。徐々に生徒数も減ってきたところで、妻が旅立った。塾を始めて5年後だ。我々親子は先生稼業からは離れたが、フミちゃんはこの学習塾での経験をベースに、狛江の自宅近くに子供向けの英会話教室を立ち上げた。それが、今では国語や算数の授業を組み入れて「児童教室」の名前で10人近くの講師陣を抱えて大きな飛躍を遂げた(こちら)。この教室では、「アウトドア・レッスン」と称して、シェア畑で野菜作りまでやっているという(→こちら)。

 淳子のくれた細長いもの。それは、「アウトドア・レッスン」で子どもたちが作った茄子とシシトウだ。トルコやアメリカで大きな茄子を見たことがあるが、こんな長い茄子は初めてだ。測ってみると、40cmもあった。だけど、今日の夕食はエビチリを用意してある。次に淳子が来るときには何か、茄子料理を作ろう。

     

9月18日(金)

 午前中、NTTの人がルーターを交換に来た。契約者はニフティだが、ルーターはNTTの範囲なのだという。古いものとはかなり形式の異なる品物だ。古いルーターのコードだけ外して、後はそちらで接続してくださいといわれても、私にはできない。
「接続もお願いできるでしょうか」恐る恐る訊いてみた。
「それは出来ますが、別途、料金がかかります」
「おいくらぐらいですか」
「3,500円です。税込みだと、3,850円」
「是非、お願いします」即座にお願いした。お助けマンのS氏の料金とはケタが違う。
1時間ほどの作業で終わった。最後に私が Internetとの接続を確認して一件落着。S氏には別途電話で報告した。

 ケンゾーだが、今朝も卵を産んでいた。それも、水浴びプールの水の中だ。ここに産むのは、これで3度目だ。水の中の卵を見るたびに競泳の池井里佳子選手のことを思い出す(詳細は、本年3月31日のブログを参照)。
 早速、猶井小鳥店にメールを入れた。
「前回、8月20日~23日の間に3ケの卵を 産んだケンゾーが、昨日、今日と2ケ産みました。
NO.29と NO.30です。 前回の産卵の時、ツボ巣を撤去したので、今回は NO.29を鳥篭床のグリッドの上、
NO.30は行水 プールの水の中です(写真添付)。 ツボ巣がないので産む場所に苦労しているようです。
ツボ巣を再度掛けてやる必要なないでしょうか?」

 夕方になって返事が来た。
「ツボ巣の件ですが、付ける必要はありません。 手の中で甘えたりしていませんか?絶対に撫でたりしないように。 餌の量は食べきって催促するくらいですか? 日光浴はさせていますか? 鳥かごの置き場所を時々変える等、試してみてください」

 折り返し、返事を出した。
「ツボ巣、了解しました。最近は手の中に入れたり、 撫でたりはしないようにしています。
エサの量は あまり少なくすると、餌箱の縁から首を伸ばしても 届きにくいので、プラスプーンに2杯(15gほど)を 与えています。毎日、半分くらいは残しています。 残っている餌の中には糞、小松菜の切れ端や水滴 などが混ざっていて、その状態では食べないので、 毎朝、新しくしてやります。
日光浴は晴れた日に窓を開け、網戸越しに十分 日が当たるようにしています。 鳥篭はリビングの出窓に置いています。出窓の上では 少し位置を変えることはよくありますが、他の場所に 持っていくことはしていません」

 今度は直ぐに返事が来た」
「餌の量はまだ多いです。 小さなエサ入れに変えて、完全に食べきらせて下さい。 食べきって足りない様でしたら又、少し足すようにしてください。
卵を産む事から気を逸らす為に籠を動かして落ち着いた環境にしない事です。 少し心を鬼にする事も必要です」

 どうも、店の女主人(確か、池田さんといった)は、私がケンゾーを可愛がり過ぎている。だから、人間に発情して卵を産むのだと思っているようだ。そんなことはないのだが、心を鬼にするのは難しいかもしれない。


9月17日(木)

 今月3日のブログに書いたように、東急BEの「60を過ぎての健康体操」教室は今日で最後となる。この教室だけでなく、他の「英会話」、「書道」、「コーラス」などの殆どの教室はクローズされる。そもそも、この雪谷教室を始めとして、横浜・青葉台、二子多摩川、自由が丘にあるBE教室自体が全部閉校となるのだ。都や区の自治体が経営しているならともかく、BE教室は東急電鉄の経営だ。此処数年来、教室の会員数は減少傾向にあったようだが、今般のコロナ騒ぎが閉校の決断を加速したのだろう。民間の組織は決断すれば速い。6月頃に閉校を決めて9月には実行に移すことになった。

 こういう事態でもっと困るのは、各教室を担当していた講師だ。突然の解雇を申し渡され、何の補償もない。我らの茂ちゃん先生は対応が速かった。全校閉鎖になりそうだと聞いてから直ぐに代わりの会場を捜してきた。そして、久が原にダンススタジオの貸しホールを見つけて、そこを借りることにしていたのだ。「New 茂ちゃん体操教室」は10月1日から新しい会場で、先ず2か月間、試験的にやってみることになった。現在の生徒数は私を含めて9名。その全員が「New 茂ちゃん教室」に行くことになっているようだ(私も含めて)。今日は、教室の後で隣のバーミヤンで、New茂ちゃん教室初回の打ち合わせを兼ねた女子会があり、私も参加した。

 今夜はカレーの残りがあるし、巨人 vs. 阪神3連戦の最終戦があるので早めに切り上げる積りでコーヒーだけを頼んだ。が、準番長役のM女が何か食べようと迫る。熱烈な巨人ファンのM女には(タイガースが2連敗しているだけに)私も弱い。彼女の推薦を受けて冷やし中華を頼んだ。全員が食べ終わり、喋り終わって、お開きとなった。私は財布を出して自分の食べた分を払おうとした。が、M女はそれを制して予想もしなかったことを口にした。
「中村さんには、新教室で級長をやってもらうし、今日も素敵な連絡簿作ってもらったし、色々とお世話になるから、これは私たちに払わせて」
「それは、困るよ」と抵抗するが聞き入れない。やむなく御馳走してもらうことにした。将来、高い冷やし中華につきそうな気がする。

 家に帰ると、ケンゾーが卵を産んでいた。ツボ巣を撤去したので、仕方なく鳥篭の片隅、針金格子のグリッド床の上にポツンと落ちていた。野球も3連敗になりそうだなと予感。恐る恐るテレビ観戦したが、結果は11-0 の大勝利。これで2連敗の留飲が一気に下がった。


9月15日(火)

 昨日、昭和大学病院で貰った薬の処方箋をもって、自転車で駅前の薬局に出かけた。ついでに、直ぐ近くにある「ゴールデン鶴亀ホーム」という特養を訪ねた。社団法人「白陽会」という組織が経営する特養の他に、老人福祉関係の組織が出先を構えている。その中に「大田区地域包括支援センター・やぐち」がある。私は、ここに「見守りキーホルダー」に登録している。これは、キーホルダーに取り付けて、交通事故などに巻き込まれても身元がすぐに分かるようになる番号札を外出するときには必ず身に着ける。私は小銭入れのついたキーホルダーに取り付けている(写真左)。将来、認知症に罹り(その可能性は否定できない)、行先不明の迷子になったときなどは、登録番号から直ぐに娘のところに連絡が行くことになる。

 この制度は、毎年、誕生月に更新する必要がある。去年は更新をサボっていて、先日、支援センターから「今年の誕生月には必ず更新するよう」督促が来たのだ。更新の手続きは簡単に終わったので、暫く、ロビー(右写真)に腰を掛けて休んだ。お年寄りたちの姿は見えなかったが、将来、私もこういうところに入居することになるかもしれないと、想像した。矢張り、自宅で看取ってもらう方を希望するなぁ、というのが感想だった。その点、先般亡くなった親友の網谷氏のケースは羨ましい。奥さんに聞いたところでは、自分でタイミングを見計らって、入院先の病院を退院し、数日後に自宅で家族の皆さんに看取られながら静かに昇天されたとか。いいなぁと思う。


                   



9月14日(月)

 今日は午前中は歯医者、午後は昭和大学病院で呼吸器内科の検診と、お医者通いの一日になった。午後の昭和大学病院では、CTスキャンと胸部レントゲン撮影の後、診察があった。検査結果の総括として、ガンの再発は見られない、手術後の肺に問題となるような兆候は見られないとのこと。これで、先ずは一安心。

 PCのトラブルは、一部で、未だ続いているが、長女と三女のブログへのアクセスに関しては、娘たちのメールでのアドバイスで何とか見れるようになった。暫く見ていなかった、長女の「アデレード日記」を開いてみた。いきなり、カンガルーの写真が何枚か飛び出してきた。アデレード郊外の一軒家に暮らしている長女は、毎朝、近所の山道にジョギングに出かける。そして、家を一歩出ると、こういう情景に出くわすとか。何でも、ガンがルーがうじゃうじゃ居るとのこと。東京で生活していると、想像することも難しい(右の写真はそのブログから1枚を借用した)。




9月13日(日)

 花曇りの天気でそれほど暑くない。河川敷のグラウンドにはたくさんの少年野球の選手たちが出てきて、朝から練習や試合を元気にやっている。この辺りの河川敷には合計で6面のボールパーク(野球のグラウンド)がある。我が家のベランダからはその内の2面を見下ろすことができる(下の合成写真)。左の方に行くとゲートボール場がある。ここにはお年寄りたちが集まってゲートボールをやる。が、ゲートボールは、上から観ていても私にはあまり興味が湧かない。

 今朝、最も出たくない管理組合の理事会があった。12名の理事と管理会社(住商建物)の代表があつまる。理事長の私はサボるわけにはいかない。が、10名余りの集会での発言が私には最も聞き取りにくいのだ。体操教室もそうだ。ガランとした体育館のような部屋での音響の所為もあるだろうが、体操教室で熟女たちの喋る話はさっぱり聞き取れない。今日もそうだった。冒頭に簡単な挨拶をして後は、ジッと聞いているだけだ。正確には聞いているフリをしているだけだ。皆さんの発言内容がほとんど聞き取れないのだ。だから、私だけがツンボ桟敷(差別語ゴメン!)に居るようで、とても情けない気持ちになる。

 面白くないのは、理事長を選ぶ会のとき、「私は難聴だから辞退する」と強く訴えたところ、あみだくじで負けた対抗馬のオバサンが「耳なら私も聞こえません!」と強引に私の訴えを遮った。そのオバサンがみんなに混ざって激論を交わしているのだ。ホントに難聴なら激論に加わることはできないはずなのに…。この理事長職2年も続くのだ。途中で何か大きな失態を犯しそうな気がする。




9月12日(土)
 
 木曜日、このブログ上の緊急連絡でPCがダウンしているので、緊急メールは携帯にお願いする旨の案内を出そうとしたが、このHPの更新がサーバーに送れず、昨日、S氏がやってきて、一応、問題解決したが、HPの更新をサーバーに転送したのは、これを書いている12日の午後となったので、意味のない緊急連絡となってしまった。

 S氏の見解では、モデムとかルーターと呼んでいる、電話回線のジャックからRUN回線で電波を引いてきてPC本体に電波信号を送る機械(Niftyからの貸与品)の働きが十分でないということで、Niftyに電話してRV-230SEというルーターを新しいものと交換してもらうことになった。それまでの間は、S氏が応急処置により現在のルーターを機能回復してくれたので、現状のまま使うことになった。

 こういう話になると、私には全く知識がない。来週の金曜日にルーターの交換に来るというが、私には新しいルーターを受け取っても、どのように使うのかも分からない。結局、その時にもS氏に来てもらうことにした。

 また、S氏が帰った後、PCを操作してみて、2~3困ったことが起きた。これまで Internet Explorer のブラウザーを使っていて、何度かトラブルがあった。この際、Google Chromeのブラウザーと入れ替えてもらったのだが、その時、IEのブラウザーに貼り付けてあった「Book mark」をそのままChromeに移行してもらった。今日、その Book mark の中から「Piggyのアデレード日記」という在オーストラリアの長女のブログを見ようとクリックしても、出てくるのは「はてなブログのログイン頁」だけで、長女のブログにアクセスできない。他にもこういう現象がありそうで、問題の完全解決にはまだ時間がかかりそうだ。

 右の写真の仏花(2020-w38)は、久しぶりにバラを主役にした。右の端にある脇役の多肉植物風の花は「セダム」と呼ばれ、世界各地の温帯から亜熱帯にかけて分布していて、全部で420種もあるという。濃いピンクのバラのお蔭で周囲が明るくなったようだ。


9月10日(木)

【緊急連絡】 現在、これを書いているPCのメールソフト”Outlook”が順調に作動しません。復旧には数日を要すると見込まれます。緊急のメール連絡は、下記の 携帯電話にメール願います。
こちら→ mobron2120@au.com


 ここ2~3日、PCの調子が悪い。Internetには接続できるのだが、メールの受発信がスムースにできないのだ。昨日辺りからメールソフト(Outlook)が全く作動しなくなった。お助けマンのS氏に連絡を取りたいが、携帯電話に出ない。携帯電話でメールを打ち、メッセージを残した。

 午後、「とぴぐろ」の取材でUBEの本社に出かけた。今日は、Web取材ではなく、対面インタビュー。久しぶりにジックリ話が聴けると楽しみにしていたのだが、そうはいかなかった。聴きやすいはずの対面の話を妨害した一つのオブストラクションはアクリルの仕切り板だ(写真左)。駅の切符売り場や銀行の窓口にあるのと同じような仕切り板だ。駅や銀行の窓口の仕切り板なら下の方にお金や切符を出し入れする切りかけ部があるが、これにはない。難聴の私には、視覚的には何の問題もないが、聴覚的には完全な邪魔板だ。取材の相手S氏は2度目のインタビューで、前回はよく聞こえたはずの相手の台詞が殆ど聞き取れない。

 他の会社も同じことをやっているのだろうが、今回、20Fの受付に来ると、受付の直ぐ横に設置されているサーモグラフィーの前に立たされる。体温を測定するのだ。37.5℃以上だと、入室を拒絶されるとのこと。そして、応接室に通されても、この仕切り板がある。コロナウィルス感染防止のためにやっているのだろうが、来訪者側としてはあまりいい気持ちはしない。お蔭で、今日も広報担当のF嬢に日本語→日本語の通訳をお願いすることになった。


9月6日(日)

 朝から秋らしくない空模様。超大型の台風 10号が西日本に接近しているようだ。だが、日曜の朝ということで、河川敷はスポーツの秋を楽しむ姿が。手前の2面のy野球グラウンドでは、少年野球、川面にはカヤックが滑り、向こう岸(川崎市)のグラウンドではサッカーを楽しんでいる。

 

 昨日の午後、我が家でもオンラインのお喋り会が行われた。神戸高校時代の同期生4人が「オンライン呑み会」の予行演習をやった。「たくのむ」とい簡易ソフトを使い、私がホストになり、後の3人のゲスト招く形式でやったが、問題点が多く出た。一番の問題は音声。私の声はよく聞こえたようだが、他の3人の声は聞こえにくかった。マイクを調整する必要がありそうだ。映像の方は、見た目には良さそうだったが、モニター画面を写真に撮ると、電波が露骨に顔を出しているようだ。これも工夫の必要があるのだろう。次回、本番までに解決できればいいのだが…。

      

 そんなことより、私には大きな宿題がある。それは、4日のテレインタビューで取材した「とぴぐろ」の記事作成だ。ノートの控えを見ても大した記録がない。これを思い出しだし、2件のコラム記事に仕立て上げなければならない。しかも、目下、記事の在庫が払底していて、遅くとも今月10日には最終稿を完成させる必要がある。今夜は、巨人-阪神戦のTV観戦も諦めて執筆に入らないといけない。キッツイー!



9月4日(金)

 午後から取材でUBEの東京本社に行った。久しぶりに21Fのオフィスに行ったが、今も出勤者は2割程度。後は、8割が自宅でテレワークだとか。今日のインタビュー相手も自宅から Webでの参加だ。インタビューは、矢張り、対面がいい。顔を見ながら話をしないと、どうしても分厚い洋服の上から背中を掻くような感触になる。しかも、電波を媒介にして聴く音声は不明瞭で、分かりにくい。ただでさえ難聴の八十翁には7割程度しか理解できない。だから、今日のインタビューでも同席したF嬢に通訳してもらう局面が何度もあった。


 9月3日(木)

 今日は体操教室の日。前回はサボり欠席だったので今日は出席した。東急BEの体操教室も、記憶の限りでは、2003年の退職と同時に入会した。ということは、17年も続いたことになる。その教室も残るは1回だけ、9月17日が最後の教室になる。私は、この9月末で満80歳。そろそろ引退の時ではないか、と考えている。が、教室の方は、インストラクターの茂ちゃん先生が、勝手に久我原に会場を見つけてきて、新しく「茂ちゃんの体操教室」を開くと張り切っている。前回の教室では、その新しい教室の構想をみんなで協議したとか。そして、欠席裁判で私は新しい教室の級長さんに祭り上げられているとのこと。

 今日は、早速、「新しい教室の連絡網を作ってね、これ級長さんの仕事だから」と、全員の名前と携帯電話の番号が入ったメモを渡された。杉田インストラクターからは、「今度のところは、車を1台だけ置く場所があるの。私は電車で来て、そこは中村さんに譲るからね」と、私が参加するのを既成の事実にしようと、外堀が埋められつつあるようだ。この熟女たちと一緒に体操を続けることには何も異論はないが、何しろ身体がついていかない。それを言うと「だから、体操を続けるのよ。何もしないと、どんどん低下するよ」と娘たちと同じようなことを言う。

 以前、NHKの朝ドラ「トットちゃん」だったか、主人公が困った時に使う決まり文句に「どうしたもんじゃろうか?」というのがあった。今は、正にその境地だ。

 右の仏花 2020-w37は、秋を象徴するリンドウとコスモスそれに、また、名前を失念したが、〇〇〇フラワー。確か、西オーストラリア原産だった。9月1日は、確かに涼しくなったという印象だったが、またぞろ猛暑が復活してきた。せめて、雰囲気だけでも秋らしくと思ったが、コスモスが貧弱でダメだった。


9月2日(水)

 今日は10時の予約で昭和大学病院へ。今日の行く先は東病院の眼科。1週間前の8月26日に右眼のレーザー手術をした後のケアーだ。先週の手術以来、毎日、処方箋の目薬を点してきた。右眼の膜はだんだんと取れてきて、左目と殆ど変わらなくなった。ひょっとすると、入院して切除手術をする必要はないのかもしれない。今日は、診察で今後のことを聴くつもりで訪問した。10時丁度に着いて眼科の前に行くと、やけに待っている人が多い。以前にも紹介したが、コロナ騒ぎの影響で待合室のベンチもソーシャル・ディスタンスをとるため、右写真のように4人掛けベンチに2人しか座れない。

 座れる人数は半分になり、待っている人はたくさんになった関係で座る場所がなく、立って待っている人が多い。私も暫くは立ち見席だった。が、親切な方が席を譲ってくれて座ることが出来た。それにしても今日は待たされる。慌てて出てきたので読む本もない。お昼近くなって空腹を覚えると腹が立ってきた。出なおそう、と受付に行き、「気分が悪くなったからキャンセルして帰りたい」と、受付表を見せながら係りの女性に申し出た。すると、PCで何やら探していたが、
「中村さんは、4番目だからもう直ぐ名前が呼ばれますよ」という。その言葉を聞いて、気が変わった。折角今まで待ったのだ。もう少し待ってみようと、キャンセルを取り消した。元の場所に帰ってみると、私のいたところには他の人が座っていた。それから立ったまま30分近く待って、漸く、名前を呼ばれた。そして検査室に通されて2~3種類の検査を受けた。
「最後に医師の診察がありますから5番診察室の前でお待ちください」といわれ、5番に行くと、そこのベンチはもう満員。暫く立っていると、また親切な方が席を譲ってくれた。有難い話だが、他人が見ると立っている私が如何にも哀れに見えるのだろう。そう考えると何だか虚しい。

 また、暫く待たされ、午後1時近くなって漸く名前が呼ばれた。予約時間に病院についても診察まで3時間も待たなければならない。昭和大学病院には20年も前からお世話になっているが、こんなに長く待たされたことはない。泌尿器科でも呼吸器内科でも待たされるが、精々、2時間も待てば順番はやってくる。そう考えると腹が立つが、医師側の立場に立つと、私の担当のA医師は、朝9時からトイレに行くのも我慢して診察に当たっているのだろう。当然、お腹も空いているだろう。それでも文句ひとつ言うでもなく、大勢の患者を診ているのだ。

 午後1時近くになって、漸く名前を呼ばれた。A医師はPCのモニターを見ながら、
「検査の結果も右眼はよく見えています。一応、これで処置は終わりました。後、アフターケアに暫く通ってみられますか」と訊かれて、
「大きなお世話だ。こんな長く待たされるところには、もう、来たくない」といいたいのをグッと我慢して、
「処置は終わったということは、もう来なくてもいいということてすか」
「そうです。一応、御自分で様子を見られて、おかしなところがあれば、その時点で、また、私を指定してアポイントを取ってもらうこともできます」
「そうですか。それなら、そうさせて頂きます。どうも有難うございました」と言って診察室を後にした。



9月1日(火)

 今年の気象の神様は日本のカレンダーをチャンと心得ておられるのだろうか。月が替わったとたんに涼しくなった。今朝起きてみての第一感は、”何だか涼しいな”であった。リビングの温度計は 28℃を指している。8月の間は、風通しの良い7階でも 30℃を切ることはなかった。そのお蔭でもないだろうが、昨日痛めた腰痛もかなり楽になった。昨日は、腰痛のため少しの距離でも歩くのが苦痛で、我が家から100mほどしか離れていない管理事務所までも歩けず、理事長の決済印を押捺した書類を管理事務所に届けるのも、掃除のオバサンにお願いしたほどだ。今日は淳子もやってくるというので、車で買い物に行った。

 OKストアーで、是非、買わなければいけないのが、デルモンテの野菜ミックスジュースの1リットル・ボトルだ。ラベルに「シチリア岩塩使用」とあるように、このブランドは食塩がたっぷり入っているのだ。最近では、高血圧を嫌ってか「塩分控えめ」とか「食塩無添加」ばかりが店頭に並んでいて、食塩添加の野菜ミックスジュースを置いているのはOKストアーだけなのだ。私は体質的に低血圧タイプだし、味噌汁など塩分の含まれたものは殆ど食べないので、むしろ塩分が不足がちなのだ。実際に、昭和大学病院で定期的やってもらう血液検査でも、毎回、Naと Cl にはL(=Low)のマークがついている。

 今夜は、淳子の好きな肉味噌キャベツを作るのでミンチ肉200g を買おうとした。ミンチだから豚肉でも合挽でもいいのだが、そちらのパックをみると、パックの最小単位が400gなのだ。ハンバーグを作るんじゃないからそんなに買うと余ってしまって結局は捨てることになる。

 たくさん並んでいるパックをつぶさに見ていくと、小口のパックも並んでいた。200gに近い192gというのが見つかった。丁度いいのでそれを買おうと値段表示を見てビックリ。400g前後のパックが、300円以下だったのに対して、192gの小口パックには574円という値札がついている。量的には半分なのに価格は倍高い。一体どういうわけ? 細かく見ていくと理由が分かった。

 大口パックの商品は、「豚挽き肉」とか「米国牛と国産豚の合挽」といった表示があるのに対して、小口パックの商品には、「国産黒毛和牛 A5 ひき肉」とある。ひき肉にも A5黒毛和牛なんていうのがあるんだ。ひき肉にソースを絡めて濃い味に仕上げる料理だ。豚肉と黒毛和牛の区別もつかないだろう。とは思ったが、高級ミンチ肉というものに初めてお目にかかった。物は試しで買ってみた。

 「今日のお肉、何時ものよりも美味しいと思うか」と、出来上がった肉味噌キャベツを食べている淳子に訊いてみると、
 「今日のも美味しいけど、何時ものお肉も美味しいよ」との返事。私自身、牛肉単味のミンチを食べるのは初めてだと思うが、お味の方は合いびき肉との優劣は全く感じなかった。もう、A5黒毛和牛のミンチを買うことは二度とないだろう。

 右上、本日の仏花ー2020-w36は、"Early Autumn Flower"と表示されたものを買ってみた。秋を代表するリンドウの他に紫の穂をつけたものと紅白の実のなる枝のコンビネーションだ。包み紙には「リンドウ、ソラナム」とあるが、ソラナムはウェブ検索してみると、紫色の花で、写真のものとは似ても似つかぬ花だった。












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2004年1月~12月分の日記を別ページにまとめました。下記をクリックして下さい。

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