4年あまり続いた「介護日記」は、妻の死を以て終えることとした。
 本日より、タイトルを新たに「介護日記ーその後」とし、自由日記スタイルで生活の記録を留めようと思う。また、妻がこの世に存在した証をアピールするため、我々夫婦の生き様をテーマに私小説に挑戦することにした。仮題を「白い闇」と名付けたが、これは私の自分史でもある。「白い闇」は毎週月曜日に掲載の連載小説となる。(2008年4月21日)

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尚、このページのBGMはアクエアリアス氏のアルバムから、この日記のスタートに因んだ「春」のテーマとして、私の好きなベートーベンの6番「田園」の2楽章を借用した。





                  

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2021年(令和3年)





5月16日(日)

 気温も高くなり、初夏の訪れを肌で感じる季節となった。街路樹も新鮮な緑で初夏を演出する。下の写真、左は近くのキャノン本社前の通り。両側からはケヤキの若葉が眼を射る。この写真、危険運転を承知で運転しながらスマホで撮った。右は、マンション玄関の池の周りで満開のツツジ。今朝、マンション管理組合の理事会で、管理人室2階の会議室に上がったので上から撮った。

            

 野球の話で恐縮だが、このところ、タイガースの調子がいいからか、淳子の来訪も週3のペースになった。今日は、マンション管理組合の理事会があったが、終わって暫くすると、やってきた。今日のお目当ては、阪神 vs.巨人の大事なゲーム。1勝1敗を受けた後の第3戦。今年のペナントレース前半の最大の山場と言ってもいい。タイガースとしては、どうしても勝ちたいゲームだし、トラキチとしてもどうしても勝たせたいゲームだ。試合は巨人の先制攻撃で守勢だったタイガースが6回に代打・陽川のホームランなどで逆転。7回からは、勝利の方程式と呼ばれる、岩貞、岩崎、スアレスの3投手のリレーで、6-5の接戦を逃げ切った。
「これで、巨人とのゲーム差4.5だよ」と淳子が嬉しそうに言う。確かに、これまでは、巨人が首位で阪神が2位。その差、5ゲームというのが相場だった。それが、今年は完全に立場が逆転している。全国のトラキチは今年のペナントレースから眼を離せなくなった。

 夜は、23時からTBSで放映した「情熱大陸」というドキュメンタリーを観た。何故か、末娘の康子から勧められた。「呼吸器外科医・鈴木健司」というタイトル。順天堂大学の鈴木健司医師は肺がん手術の「神の手」と言われている。年間700件もの手術をこなし、その内500件が肺がんという、肺がん手術のプロ中のプロだ。首都圏だけでなく、四国や九州から鈴木医師の執刀を希望する患者が絶えないとされる。

 実は、昨年他界した、宇部興産OBの親友・網谷鴻介氏も鈴木健司医師の執刀で手術した。私の肺がん手術を執刀したのは、昭和大学の鈴木隆医師だ。「同じ鈴木でも格が違うね」と生前の網谷氏が私に自慢していたことを思い出しながら番組を観た。確かに異色の医師だ。もの凄く神経を使う筈の手術をしながら、傍らで見学している研修医に宮本武蔵の話を聞かせるといった余裕を見せる。私の親友の命を救えなかったことなどケロリと 忘れているのだろうな、と思うと少し腹立たしいが、 結局、ああいう積極的な医師が日本のTop runnerに なるのだろうと何となく納得できた。

 下の花、左は、先日、林歯科医院の診察室で撮った花。私は便宜的に「八重のシクラメン」と呼んでいる。何でも、「シクラメン ワーリーギク」と言う品種とか。パッと見、シクラメンの八重という感じだ。右は、仏花「2021-w17」。先日、赤のシャクヤクを買って生けたが、開花する前に枯れてしまった。今度は少し開きかけたピンクのシャクヤクに挑戦。スターティス、スプレーカーネーション、カスミソウの引き立て役の前で見事に開花するだろうか。

          


5月9日(日)

 今日は、母の日。昼過ぎ、淳子がカーネーションの大きな花束を持ってやってきた。取り敢えず仏壇横にブーケのまま供えた。仏壇の向こうでは妻の遺影がこちらを見つめている。今日は、「母の日で淳子が持ってきたよ」と、写真の桜にもよく見せておいた。

 このままでは直ぐに枯れてしまう。写真だけ撮って、花束を解き、花瓶に挿した。これを仏花(2021-w16)としたい。

 Webによれば、「母の日」のしきたりの起源には諸説があるようだ。アメリカが最初という説では、1910年、ウェスト・バージニアに始まったという。その前に、南北戦争の最中にアメリカのナイチンゲールともいうべき、アン・ジャービスという女性が前線で負傷兵のケアに当たっていた。彼女は負傷兵の衛生状態を改善する”Mothers' Day Work Club”を立ち上げ、敵兵のケアも献身的に行っていたという。

 アンが亡くなった2年後の1907年5月12日に、娘のアンナは亡き母を追悼する会を教会で行い、母が好きだった白いカーネーションを参加者に配った。これが「母の日」の起源と言われてる。後に、1914年には正式に「母の日」として制定され、ウェストバージニア州の知事が、「5月の第2日曜日を母の日にする」と宣言するに至った。

 日本には、明治末期にこのことが伝わり、教会で5月の第2日曜日を「母の日」とした。その後、それが民間に伝わる過程で白いカーネーションの他にも、赤やピンクが取り入れられたようだ。 

 淳子がやってきたのは、母の日のカーネーションを持参しただけではなく、今日も風呂に入って、オヤジの作った夕食にあり着き、同時にTVの野球中継を観ることにある。今日のゲームは、阪神ー横浜戦。序盤戦では横浜が攻勢だったが、5回に阪神が逆転し、そのまま押し切った。


5月7日(金)

 昨夜、頼まれごとの英文訳をやっていたら徹夜になってしまった。この時季、夏至が近づいた所為か、朝がとても早い。4時を過ぎると明るくなる。6時を過ぎると陽が射してくる。ベランダに出てみた。木瓜(ボケ)の鉢植えは、とっくに葉が生い茂ってきたが、2輪の花が何を思ったのか、1月遅れで開花していた。他の花はとっくに散ってしまったが、今頃出てきて自慢気に花弁を開く姿にのんびりものの余裕のようなものを感じる(写真左)。

 多摩川に目を転じると、変なボートというより板のようなものが数隻浮かんでいた。よく見ると、サーフィンのボードにうつ伏せになって乗り、両手を水面に差し入れて、文字通り「手漕ぎボード」である。

 のんびり寝転んでいるのかと思いきや、よく見ると、力の限り手で漕いで進んでいる。だから、進む速度はかなり速い。カヤックとあまり変わらないほどだ。

 サーフィンのボードだとすれば、サーフィンの一種目にあるのかもしれない。これに似たものが、現在、オーストラリアでは流行しているらしい。アデレードに居住している長女の恭子のブログに登場した SUP(Stand Up Paddle)という遊びだ。夏(こちらの冬だが)の海には、SUPのボードがたくさん出ていて、手でパドル(櫂)を漕いで移動するのだ。あちらの海岸が自然のままで、日本のようにたくさんの人が身体を触れ合うような混雑は一切なく、ごく自然のままに遊ぶことが出来るらしい。

 事実、恭子の漕いでいる直ぐ横でイルカ(Dolphin)がジャンプすることもあるようだ。恭子の買ったSUPボードは2020年モデルだが、最新の2021年モデルは品薄でとても手に入らないとか。ボードのサイズは3m以上もあって、日本なら収納に苦労するだろう。如何にもオーストラリアならではの遊びかもしれない。
(写真左から、恭子のボード、恭子の横をイルカが泳ぐ、最新モデルのSUPで集まった面々。



    

 夜には淳子がやってきて、TVでナイター観戦。絶対に勝つはずの相手(ベイ・スターズ)にタイガースが逆転負けを喫して、残念無念。日曜日に雪辱戦を観に来る、と帰って行った。


5月2日(日)

 昼過ぎに淳子がやってきて、野球観戦。昨日雨で流れた、甲子園での対広島7回戦だ。このゲーム、投手はガンケルと野村の投げ合い。序盤戦はガンケルの制球が定まらず、広島に先制を許した。一方、阪神は野村を打てなくて、タイガース劣勢。3回、4回、5回とガンケルが1点ずつ取られ、5回表が終わった時点で1ー3の敗色濃厚だった。

 「この回(5回裏)がダメだったら、お風呂に入る」と、淳子も諦めムード。ところが、5回裏にビックリ・大事件が起こった。新人佐藤の逆転満塁ホームラン! ソファに寝転んで観ていた淳子は突然立ち上がって、揺り椅子の私とハイタッチ!

 実は、この試合、佐藤にとってはプロに入って初めて4番サードのスタメンだった。が、この一発で十分以上に監督の評価に応えることができた。結局、7-3でタイガースの圧勝となったゲームの後、矢野監督は「記憶に残る、ビックリするようなことを起こせる『何か』を持っている」と、手放しで褒めちぎった。

 「お風呂に入らなくてよかった」と、淳子も御満悦。このゲーム、唯一残念だったのは、「第3次緊急事態宣言」が兵庫県にも発出され、甲子園で今年初めて行われた無観客試合だったこと。このドラマティックな一発をトラキチ・ファンの誰もが実際に観ることができなかったとは、如何にも残念!


5月1日(土)

 久し振りにクラシックコンサートに出向いた。何カ月振りだろうか。確か、1月11日に小山実稚恵のラフマニノフ2番を聴きにミューザ川崎に行って以来だ。今回も、同じミューザ川崎だが、出し物は全然違う。「モーツアルト・マチネー第45回」。プログラムは、交響曲第32番と第36番(リンツ)、それとヴァイオリン協奏曲第3番、オケは東京交響楽団、指揮は太田弦だ。

 太田弦、初めて聞く名前だった。それもそのはず、弱冠26才の若者。一見、良家の坊ちゃんという感じ。指揮振りはダイナミックで、振ることがとても楽しそう。若いが、好感の持てる指揮者だ。経歴もバッチリ。東京芸大の指揮科を首席で卒業、2015年の第17回東京国際音楽コンクール〈指揮〉で2位と聴衆賞を受賞している。不足しているのは海外経験だが、世界的指揮者というよりも、日本の指揮者として活躍してほしい。

 ヴァイオリンの山根一仁の方は、太田弦よりも1才若い25才だ。こちらは桐朋を首席で卒業したという。太田弦と同じ北海道出身だが、現在、ミュンヘン音楽大学在学中で、海外経験は豊富のようだ。 モーツアルトのヴァイオリン協奏曲第3番は初めて聞く曲だ。モーツアルトといえば、キレイに整頓された教室を見るような、典型的なクラシックというイメージがあるが、この曲は少し違う。

 特に興味を惹いたのは、第1楽章終りのカデンツァの部分。指揮者とソリストが顔を見合わせて、まるでお喋りするようにタクトを振り、ヴァイオリンを弾く。スコアの指示でやっているのか、若いアーティスト2人の会話なのか、よく分からないが、この曲を作ったモーツアルト自身、10代の時だったとあるので、若者たちのコミュニケーションなのかもしれない。

 交響曲の2曲についても、「リンツ」の方は、その昔、レコードを何度か聴いたような記憶があるが、半世紀も経って聴くと、全く初めての曲だった。それと、このモーツアルトのマチネーシリーズは、休憩なしで1時間余りで終わる。会場のミューザ川崎は、家から車で15分ほどで手軽に行ける。次回(第46回)は、ホルン協奏曲があるので、これも聴いてみようと思う。

 午後からは淳子がやってきて、広島ー阪神戦(甲子園)を一緒にTV観戦することになっていた。が、ゲームが始まって直ぐに、猛烈な雨で中止。代わりに、最近の勝ちゲームの録画を観て、「明日また来る」と帰って行った。実は、数日前、淳子のお客の中にコロナ感染者が出た。早速、淳子もPCR検査を受けることになった。この検査で「陰性」が出るまでは、何処にも出かけない。連休中もアパートに篭ると言っていた。ところが、昨日、保険所からの連絡で、PCRの結果は「陰性」、濃厚接触者の判定は取り消す、という連絡があったとか。だから、連休中は、専ら、オヤジの家で野球観戦と決めたようだ。








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