4年あまり続いた「介護日記」は、妻の死を以て終えることとした。
 本日より、タイトルを新たに「介護日記ーその後」とし、自由日記スタイルで生活の記録を留めようと思う。また、妻がこの世に存在した証をアピールするため、我々夫婦の生き様をテーマに私小説に挑戦することにした。仮題を「白い闇」と名付けたが、これは私の自分史でもある。「白い闇」は毎週月曜日に掲載の連載小説となる。(2008年4月21日)

 「白い闇」(最終章)へ移動

尚、このページのBGMはアクエアリアス氏のアルバムから、この日記のスタートに因んだ「春」のテーマとして、私の好きなベートーベンの6番「田園」の2楽章を借用した。



                  
この日記への御意見・コメントを歓迎します。
                    矢印マークをクリックしてゲストブックに記入して下さい。
                         ここをクリック


2019年(令和元年)



5月24日(金)

 今日は、朝から一風変わった会合に出席した。セミナーでもない、講習会でもない、題して「矢口 シニア メンズ サロン」という。「矢口」というのは、この地区の名称だ。要は、我々の地区で、各自治会から高齢者の代表が参加して、「フレイル予防のためのサロン」を開くという趣旨。主催は、「矢口地区自治会連合会」だ。「フレイル」というのは、「身体や心の機能が低下し、要介護に陥る危険性が高まっている状態」を指す言葉。英語の Frailty(虚弱)から来ている。

 私は(知らなかったが)「多摩川ハイム」の代表として、この会に参加するということらしい。「多摩川ハイム」は我々のマンションだが、このマンションに暮らす320世帯が1つの自治会地区を構成しているのだ。この自治会の中に民生委員も居る。2号棟の河合さんという方だが、先日、その河合さんから、矢口地区の自治会連合会で「シニアメンズサロン」を開くことになったので、多摩川ハイム自治会から参加してほしい、との依頼があった。よく分からないままに引き受けて、今日の開催日となった。

 場所は、「矢口特別出張所」(区役所の出張所)だ。10時半頃会議室に入った。自治会連合会の委員の方だろうか、10人ほどの女性の方が集まっていた。が、知らない人ばかりで、河合さんの姿はなかった。私は借りてきた猫よろしく、受付で名前を名乗り、言われるがままに自分の席へと進んだ。

 「メンズサロン」の参加メンバーは各自治会からの男性高齢者で全部で25人(平均年齢82歳)。それが、NO.1~NO.5の5班に分かれ、それぞれのテーブルに着く。私は第5班だ。各班には、それぞれ1~2名の連合会委員のオバサンが法被姿でアシスタントとして配置される。頂戴した資料の中の「プログラム」をみると、概略、右のようになっている。

 補足説明すると、(4)の「健康測定、ボランティア体験」というのが、このサロンのメイン。健康測定では、日頃滅多に測定することのない「血管年齢」や「骨密度」などを最新の医療機器を使って測定する。ボランティア体験では、使用済み切手の周りを5mm程度の余白を残してハサミで切りそろえる作業。こうすることで、業者に販売する使用済切手の単価が幾分上がるらしい。また、売却代金はひとり親世帯の食糧支援に使われるとのこと。

 このボランティア体験をしている間に、アシスタントのオバサンの司会でテーブル毎に座談会をするのだ。この座談会で参加者たちにフレイル予防に役立つ意見を聞き出そうとするもの。

  


 最初は、「フレイル予防」という言葉にかなり抵抗感があった。というのは、「予防」とは「予め防ぐ」という意味で、例えば「流感予防」といえば「流感にかからないようにすること」だ。一方、フレイルは老化現象の一過程のことで、死に至るまでに誰にも必ずやってくる一つのプロセス。それを予防することは出来ないはずだと思ったからだ。この疑問は(3)の「講話」の中である程度納得することができた。それは、講師が話の中で、「フレイルの状態では、生活習慣を変えることで症状の改善が見込める」と説明したときで、「そういうことか」つまりは「生活習慣を変えることでフレイルの状態を少しでも先送りする」ことが「予防」の意味なのだ、と納得した。

 次に、別室で行われた健康測定で、最初に、血管年齢の測定があった。これは、血中酸素濃度を測定する「パルスオキシメーター」のような器具に指先を挿入して測る。私の血管年齢は「82歳で47点」と出た。一瞬、動脈硬化の危険があるのかと思ったが、点数[41~60]は、「ごく平均的な状態で、95%がこの範囲」と説明があって安心した(→ こちら)。

 一方、骨密度は、右足を「OSTERO pro スマート」という超音波測定システムで測定の結果、「T-スコア」=ー1.58、「Z-スコア」=0.80と出た。「T-スコア」とは、弱年齢の標準と比較した数値で、%比較値では約80%、即ち「若年層の約80%」ということ(→ こちら)。要約すれば、骨減少傾向にはあるが、同年代との比較では平均を10%上回り、若年代と較べると20%ほど劣る、ということらしい。血管年齢、骨密度とも年齢基準でいえば「異常なし」という結果が出たことに悪い気はしない。

 本日のサロンを総括すれば、予想したよりは中身のある内容だったと言える。



5月23日(木)

 体操教室。先週は排水管の高圧洗浄があったのでお休みした。最近よく休むので、今年88歳になるN女が、心配して「辞めないでね」と声をかけてくる。もう、そろそろかなと考えている時に先を越してそういうことを言われると、幾分複雑な気持ちだ。

 体操の後は、夕方から新橋で「四季の会」がある。今日は、男性2人が欠席で、女性2人と私の3人だけだった。それなのに、予約の時に何時もの2号室(少人数用)が取れなくて、10人部屋の3号室となってしまった。人数が少ないのに部屋代は高いという逆転現象が起きてしまい、会計係りの私としてはいささか不満だ。作品の方は、「悩みのタネ」という課題だったので、目下の悩みについて書いたが、2人の女性にはなかなか好評だった(作品は→ こちら)。

 在オーストラリアの長女・恭子のブログによると、最近、野生のカンガルーが増えてきたとか。長女は、毎朝、家の周囲をランニングするのだが、近くの公園にはたくさん遊びに来ていて怖いとのこと。カンガルーの中でも、人間に対する競争心旺盛なのが居て、横に来て競走を仕掛けてくるものが居るらしい。カンガルーは2本足だが、ジャンプしながら走るのでとても早くて競走にはならないそうだ。尚、オーストラリアではカンガルーのことを省略して「roo(ルー)」と呼んでいるとか。省略語が好きなのは日本人だけではなさそうだ。

      
   


5月19日(日)

 昨日から淳子が来ていて、このところのタイガースの戦いぶりにはかなり御立腹だ。折角、巨人戦に連勝しても、広島戦で連敗していたら元の木阿弥だと。全く同感だ。今年のタイガースは、どうも連敗が多すぎる。

         

 今日は朝から快晴の空。河川敷では、野球少年たちがたくさん出て、野球に興じている。この中から何人かはプロ野球に進むのだろう。タイガースに入団する少年も居るかも知れない。そう言えば、以前、このマンションの庭でタイガースの北条選手のユニフォームを着てバットの素振りをしている少年が居た。嬉しくなって「カッセ、カッセ、ほーじょー!」と声をかけたら、”変なオヤジ”という目つきで睨まれたことがあった。

 野球日和とは関係ないが、「横浜みなとみらい」へコンサートを聴きに出かけた。この夏、「みなとみらい」の特別プログラムとして繰り広げる「華麗なるコンチェルトシリーズ」の第1弾で、児玉麻里・桃姉妹による「フレンチ・デュオ」という出し物だ。

 私の友人にもパイプオルガンの児玉麻里さんがいるが、同姓同名のこちらの児玉麻里はピアニスト。世界的指揮者のゲント・ナガノの奥様である。大阪生まれだが、幼少時に家族とともに欧州に渡りヨーロッパでピアノを学んでヨーロッパ中心に活躍した。ケント・ナガノと結婚後はアメリカに居住。

 一方の「桃」は5歳下の妹。一家が欧州に渡った時は未だ1歳であった。13歳でパリ音楽院に入りピアノを学んだ。こちらはフランス中心に活躍。現在もパリ在住だ。この姉妹は、現在では、欧州、アメリカ、日本を中心に音楽活動を展開しているが、日本では姉妹一緒に演奏することが多い。

 本日の出し物は下記の通り。
・フォーレ 組曲「ペアレスとメリザンド」より
・サン=サーンス 「動物の謝肉祭」全曲
・フォーレ 「ドリー組曲」OP.56
・プーランク 「2台のピアノのための協奏曲 ニ短調 FP.61」

 サン=サーンスの「白鳥」の除けば殆ど知らない曲だ。

 最初の「ペレアスとメリザンド」は、メーテルリンクの戯曲で、これにフォーレが曲をつけたもの。4つの小曲からなるが、3曲目の「シシリエンヌ」だけは少し聞き覚えがあった。

 「動物の謝肉祭」は、これまで、コンサートで正式に聴いたことはなかったが、実際に聴いてみると何だか漫画チックというか、半分ふざけたような曲が少なくない。14の小曲からなるが、例えば、第5曲の「象」は、ピアノ+コントラバスで演奏されるワルツ風の曲だが、ベルリオーズの「ファウスト」やメンデルスゾーンの「真夏の夜の夢」のパロディが出現する。14の小曲の中では、第13曲の「白鳥」だけはチェロで演奏されるが、とても優雅で美しい。この曲だけが有名になったのも無理からぬ話だ。

 「ドリー組曲」には特に感想はない。プーランクの「2台のピアノための協奏曲」は、確かに、本格的なピアノ協奏曲で、熊倉優指揮の神奈川フィルとの掛け合いもなかなか良かった。プーランクというのは、ドビュッシーやラヴェルの次の世代の作曲家なので、現代音楽に近いのかと思っていたが、そうではなかった。プーランク自身はシューベルトとモーツアルトを崇拝していたそうだが、節々にモーツアルト的な旋律も流れてなかなか良かった。



5月16日(木)

 気象庁は沖縄が、今日、梅雨入りしたと発表した。早いなぁ、もう梅雨だよ。ついこの前、桜が咲いたばかりのように感じるが、もうそんな季節か。梅雨はイヤだなぁ。あのジメジメした感触が何とも嫌いなのだが、ボヤいても仕方がない。

 今日は体操教室の日だが、午後どうしても家に居なければならない。というのは、今日は1年に1度の「排水管高圧洗浄」の日だ。このマンションの3号棟3-3階段に割り当てられた排水管洗浄の日が今日の午後なのだ。

 高圧洗浄というのは、圧搾空気の噴射ノズルをを排水管の口に挿入し、高圧の空気で一気に排水管に溜まったゴミを落とす清掃方法。マンションの最上階から順に下に降りていく。清掃箇所は、台所の流し、洗面所と浴室の排水管と洗濯機の排水口、それにトイレだ。

 午後1時スタートなので、7階の我が家に来るのは2時過ぎか。排水管の周囲に置いてある鍋・窯類や洗剤のボトルなどを片付けて待機した。2時半ころ、「ピンポーン」とチャイムが鳴って2名の作業員が入ってきた。彼らは慣れた手付きで高圧空気の配管を洗面所の排水口につなぐ。

 次に、階下のマンション敷地内に駐車している、エアコンプレッサー装着のトラックに無線で連絡する。すると、トラックのコンプレッサーが稼働し圧搾空気が排水管に送られる。圧搾空気の管には青い布が巻いてあるが、時々、ピクリと動く。何だか、青い大蛇が悶ているようで気味が悪い。

 排水管には、特に詰まりがなかったと見えて、20分足らずで作業が終わった。
「全く問題ありません」と、業者は帰っていった。1時間ほどかかるものと想定していたので、ずいぶん時間の余裕ができた。リビング出窓の鳥かごの中ではケンゾーが「出さんかえ!」と騒いでいる。

 このところ、あまり長い放鳥時間をとっていなかったので出してやることにした。ケンゾーは相変わらず人間の手のひらが好きで、直ぐ手の上に乗ってくる。一人で部屋の中を飛び回って遊んでくれればいいのだが、どうしても人恋しいのだ。小鳥屋のオバサンからは、あまりベタベタ可愛がると、また、発情するから、と釘を刺されているのだが、手に乗ってくるのを追い返すのも可愛そうだ。
「もう卵を産んじゃダメだよ」と言って、手の上にで遊んでやるのだが、どうなることやら。

 ここで、突然、野球の話に代わるが、どうしても一言触れておかなければならないのは、昨日、一昨日の巨人-阪神戦のこと。今年に入って6戦6敗だった巨人に連勝したことは、矢野監督流に言えば「めちゃくちゃ嬉しい」のだが、昨日のエース・菅野をKOしたゲームでは、どうにも納得の行かない場面があった(この先、野球の話が長々と続くので、興味のない方はパスして戴きたい)。

 ゲームは、1回に糸井のホームランなどでタイガースが3点先取、タイガースのペースで始まった。2回表にもタイガースは大山、福留のヒットで2点を追加、5-0と大きくリード。が、その裏、ジャイアンツも陽、中島のヒットでチャンスを作り、小林の内野ゴロの間に1点取って5ー1と挽回、尚も2死2塁のチャンスでバッターは菅野。この場面、普通なら、菅野に代打を送るべきところだ。菅野は巨人のエース投手だが、この日は2回で5点も取られ、特別に調子が良くない。このチャンスに、当然、菅野に代打を送るだろうと思われたが、菅野はそのまま打席に入ってピッチャーライナーに倒れ、追加点のチャンスを潰した。原監督は、何故、菅野に代打を送らなかったのか、私は非常に奇異に感じた。

 ゲームは進み、連投した菅野は打たれながらも要所を押さえ、その間に巨人は石川のホームランで5-2と追い上げ、4回裏には阪神先発の岩田を攻めて、無死満塁の絶好のチャンスを掴む。が、打者の小林は内野ゴロでゲッツー。この間にサードランナーが生還し5-3となって、2死3塁で打者は菅野。ここまで、菅野は既に100球近く投げていて、当然、代打が出るものと思われたが、そのまま打席に立った。菅野は打者としても優れていることは承知しているが、常識的には当然代打を出す場面だ。この時、私には、ベンチは代打を考えていたが、菅野がどうしても打たせてほしいと頑張っているように思われた。

 菅野は非常に負けん気の強い自信家だ。この場面で自分がヒットを放って5-4と迫り、ゲームの後半には逆転して自分が勝利投手になるというストーリーを描いていたのではないだろうか。そして、原監督に直訴して自分がバッターボックスに立った。事実、ヒット性のショートゴロを打ち、全速力で一塁に走る姿に菅野の意地を見たような気がする。更に、一旦アウトだった判定をリクエストでひっくり返して、5-4と迫ったときには、原監督と菅野の思いが天に通じたかもしれないと感じた。

 野球ファンなら誰でも知っていることだが、原監督と菅野投手は特別な関係にある。菅野智之の母は原監督の実の妹で、甥・伯父の関係なのだ。だから、本来なら選手が監督に直訴することなど許されなくても、原監督と菅野の間にはそれが許されているのだろう。だから、このショートゴロで一塁に全力疾走する菅野の顔に鬼気迫るものを感じたし、ひょっとすると逆転されるかもしれないと、一瞬、背筋が冷たくなった。だが、もし菅野が5回以降もマウンドに立ち、タイガースの反撃を浴びるようなことがあれば、それはトラキチに私には小気味の良いストーリーだが、原監督の責任を問われかねない事態になるのではないかと、妙な心配をしたのだ。

 後半のゲーム展開は、私の妙な心配が現実のものとなった。5回以降もマウンドに立った菅野は、5回表には福留にホームラン、6回表にはルーキー木浪にもライトに痛烈なホームランを浴びた。木浪のホームランは2本目だが、2本とも菅野から打ったものだ。そして、極めつけは、この回更に1死1・3塁のピンチを招き、糸井の犠牲フライで1点、次の大山にはレフトスタンドの看板を直撃するホームランを打たれて、得点は10-4となって、菅野の息の根は止まった。悔しさを噛みしめる表情で自分からマウンドを降りてきた。選手生活で初めて経験した失点10は、菅野には大きな痛手となった。この先、立ち直るのには相当な時間が必要ではないのか。気の早い話だが、もしシーズンの終わりに巨人が優勝できなかったなら、この日の阪神戦が最大の反省点として話題を呼ぶだろう。



5月12日(日)

 今日は久しぶりのコンサート。川崎に新しく出来た「カルッツ・かわさき」に出かけた。此処は元々「川崎市民体育館」のあったところで、競馬場前の広大な敷地にある。新しく、カルチャーとスポーツの総合施設を作り、その合成語で「カルッツ」と名付けた。昨年できたばかりで、地元のタクシー運転手でさえ「カルッツ?」と首を傾げることがある。私の入会している「ミューザ川崎」が、目下、改装中で、その間の出し物はすべて「カルッツ」で行われる。コンサートホールは客席数2,000を超える大ホールだ。ステージも大きく、それに何と言っても、座席の前後のスペースがゆったりしているのがよい。普通、座席を離れるのに座っている人の前を遠慮して通る必要があるが、ここはスイスイと通ることが出来る。特に、一昨日の甲子園球場の観客席と比べると雲泥の差だ。難点は駅から遠いことで、行きはヨイヨイで、駅前からタクシーが拾えるが、帰りはコワイで、タクシーが殆ど通らない。市バスしかないが、これが会場のハネたときはギューギュー詰めなのだ。

 前回は、4月7日に此処に来た。その時は、入場券を家に忘れてきて、しばし路頭に迷ったが、同行のY女の奮闘で入場することが出来た。今回もY女と一緒なので何となく安心だ。出し物は、オール・ロシア・プログラム。
- ボロディン「ダッタン人の踊り、娘たちの踊り」-オペラ「イーゴリ公」より。
- ムソルグスキー「はげ山の一夜」(オペラ「ソローチンツィの市」1880年版)
- チャイコフスキー「大序曲・1812年」作品49
- カリンニコフ「交響曲第1番」ト短調

 東京交響楽団、指揮は飯森範親。それに、バリトンのヴィタリ-・ユシュマノフ、東響コーラス、川崎市立坂戸小学校合唱団。フル・オーケストラにソリストが1名、更に2組のコーラス団がステージ一杯に並ぶ。総勢200人を超える大演奏チームだ。

 カリンニコフ以外は何度も聞いた曲だが、オペラ形式や合唱付きで聴くのは初めてだ。ボロディンとムソルグスキーだけで、その迫力に圧倒されてしまった。特に、「はげ山の一夜」は悪魔たち、魔女たち、主人公のチェルノボーグらがオペラ形式に則って歌う。素晴らしい迫力だった。

 また、彼らの歌う歌詞が解説書に出ているのだが、言語はすべてロシア語だ。私には嬉しかったが、大方の聴衆には「???」だったのではないだろうか。

 カリンニコフについては、名前を聞くのも初めてだが、解説書によると、「熱心な音楽愛好家の間で近年人気が高まっている」とある。また、1866年生まれの作曲家で他の3人に較べると一世代若いが、チャイコフスキーは彼の才能を認めて、色々と世話を焼いたとある。だが、20代の後半で結核にかかってしまい、35歳の誕生日の2日前に亡くなったとある。4楽章からなるシンフォニーはなかなか壮大で、メロディーも美しく、解説書にあるように、人気が高まるのもうなずける。

 指揮者の飯森範親は、桐朋学園の指揮科を卒業、ベルリンに留学して、ドイツを中心にヨーロッパで活躍してきた。現在、55歳の円熟期。指揮振りはダイナミック且つ繊細で、いわゆる「カッコイイ指揮者」。今後ますますの活躍が期待される。



5月11日(土)

 昨夜は、風呂に入って直ぐ寝た。お陰で気分はスッキリ。淳子の部屋に連絡して、一緒に朝食の部屋に。ここは、会議室兼食堂で、春・夏の高校野球ではホテルは報道関係者に貸し切りとなり、各社はこの会議室で仕事をするのだそうだ。「その間は、私たちはお休みになります」と、食堂のオバサンが教えてくれた。実によく喋るオバサンだった。

 8時前にホテルをチェックアウト。甲子園駅前から大阪空港行きのリムジンが出るのだ。それに乗ると、空港まで30分足らずで着く。大阪市内のホテルに泊まるよりも速い。キレイに改装された伊丹空港の ANAラウンジで、コーヒーを飲みながら、買ったばかりの「デイリースポーツ」を広げる。至福のひとときだ。これが、前夜が負け試合だとそうはいかない。わざわざ東京から負け試合を観に来たことへの後悔が先に立ってしまうのだ。因みに、後日分かったところでは、土曜、日曜のゲームでタイガースは連敗した。その意味では極めてラッキーだった。

 10時発のANA020便で羽田へ。空港に停めておいた車に乗る。これが、また、楽チンだ。混雑したモノレールに乗る必要はないのだ。我が家までは30分。だが、今日は淳子がカーネーションの花を買いたいというのでスーパー「オリンピック」に寄り道した。ついでに昼ごはんのお弁当も買い込んで帰宅。玄関の鍵を開ける音が聞こえるのだろう。リビングの出窓に置いてある鳥かごの中のケンゾーが騒いでいる。

「お前ら、何処に行っとったんじゃ。早う、この篭のフタを開けんかえ!」飼い主が関西人だと、ペットも関西弁の文鳥語を喋るのだ。

 が、今、放鳥すると昼ごはんを食べられない。ケンゾーが何処かしこなく飛び回るからだ。先に買ってきたお昼を広げて食べる。私は、淳子の買ってきたカーネーションを花瓶に活けて仏壇の横においた。明日は母の日なのだ。

 暫くして、淳子が鳥かごののフタを開けてケンゾーを出してやる。早速、手のひらに飛び乗って来て、辺り構わずくちばしで噛む。本気で怒っているのか、結構痛い。淳子のところにも飛んでいって、盛んに手の指の間など、柔らかいところを探して、くちばしを立てる。お仕置きの積もりなのだろう。淳子にはもう一つのお仕置きもあった。お尻からポトリ。緑色の落とし物をシャツの上に…。ケンゾーは小松菜の葉が大好きで、葉をたくさん食べるから、排泄物も緑色が勝っている。

 ケンゾーが外に出ている間に、水と餌を新しくして、小松菜の葉も入れ替えた。小松菜と言えば、ケンゾーの食べる葉っぱは精々7cmかそれ以下の小さな葉だ。が、スーパーに売っている小松菜はどれも大きくなったものばかりだ。ということは、小さなサイズの葉は、1株の小松菜から2~3枚しかとれない。大きな葉を捨てるわけにはいかないので、毎回、大きな葉は油揚げと一緒に煮付ける。

「ここに来ると、必ず、ケンゾーの残り物が出てくるなぁ」
淳子はそういいながらも、小松菜の煮物をよく食べる。ケンゾーが大きくなるまで、我が家では小松菜をおかずに使うことは全く無かった。小松菜を食することが健康に良いとしたら、我々はケンゾーのお陰で連日健康食を食べていることになる。



5月10日(金)

 朝8時過ぎ、淳子を乗せて家を出た。羽田空港までは30分余り。9時前に羽田空港・第2ターミナルに着いた。何時ものP4駐車場に車を停めて空港ビルに入る。搭乗手続きを済ませ、ANAラウンジでコーヒーを飲みながらゆっくり搭乗を待つ。汽車の旅行では到底味わえない、このゆったりとした余裕時間は私の大のお気に入りだ。

 10:00発のANA019便で1時間後には大阪・伊丹空港に着く。モノレールで蛍池に出て、阪急電車を乗り継いで昼過ぎに阪急・御影駅に着いた。駅前に新しくできたイタリアンのレストランで昼食。名前は忘れたが、一風変わった作りの店。西洋居酒屋風の内装だ。中年のマスターが一人で取り仕切る。ランチメニューはA定食、B定食の2つだけ。2,000円と3,000円は駅前ランチにしてはチト高い。客は我々2人だけだった。前菜とパスタだけで、お味も値段ほどではなかった。

 駅前のタクシーで住吉霊園に。山の手の高級住宅街の細い道を縫うように走り、住吉川沿いの道を上る。六甲山の麓にある「住吉霊園」に私の父母と妻の桜が眠っている。入り口にある花屋でタクシーに待ってもらい、お花と線香を買って霊園にはいる。「うめ2区」の入り口でバケツに水を汲んで墓石に向かう。58番が中村家の墓だ。

 淳子とお墓の周り生えた雑草を取り、墓石に水をかけ、花を活けて線香に火を点ける。墓前に手を合わせ般若心経の最後を唱える。この墓参が今回の旅行の第1の目的だ。それを終えて、花屋に戻り、待たせてあったタクシーに乗り、阪神御影に向かう。

 阪神御影の駅前でタクシーを降りた。駅前は様変わり。以前は「宝盛館(漢字は?)」という寂れた本屋が1軒あっただけの駅前広場に大規模商業施設が出来ていた。阪神御影駅はそのビルの向こうにあった。こうなると、20年以上もこの地に暮らした神戸っ子も、まるでエトランゼだ。

 今度は阪神電車で第2の目的地、甲子園に向かう。3時過ぎに着いた。試合の始まるのは6時だが、もうたくさんのタイガースファンが応援のユニフォーム姿で球場の周りを歩いている。

 我々は、球場の手前にある「タイガース・ショップ」に入る。店内はユニフォーム姿のトラキチたちでごった返している。淳子は友だちに頼まれているTシャツを探す。私は、新しい帽子とジェット風船、それに体操教室への土産を買った。派手なタイガースの模様が印刷された袋を抱えて、今夜のお宿に向かう。「ホテル甲子園」は球場から徒歩5分のところにある(尤も、私が歩くと8分だが)。2年前から定宿になった。従来は大阪か神戸のホテルに泊まっていたのだが、なにせ、野球終了後の混雑がひどい。4万を上回る観衆の9割以上が阪神電車に押しかけるのだ。この混雑に耐えきれず、球場の近くに宿を取ることにしたのだ。
 尚、下の写真は、球場前の広場。上を阪神高速が通っている。この広場では、タイガースが勝った日には試合が終わっても、トラキチたちがここに集まり、リーダーの発声によってみんなで「ヒッティングマーチ」と呼ばれる応援歌を大合唱する。

   

 ホテルに入って、暫し休息。試合開始まで2時間以上ある。ベッドの上に仰向けに寝転がって休んだ。5時過ぎ、応援のユニフォームに着替えて球場に向かう。今日は、阪神 v.s. 中日の緒戦だ。このところ、我々は甲子園では2015年5月の巨人戦で一度だけ逆転勝ちがあったが、それを除くとずっと連敗している。勝てる対戦相手を選んで決めた試合だ。是非とも勝ってもらわないと、東京から観に来た甲斐がない。我々の思いが通じたのか、試合はタイガースの圧勝に終わった。試合後も球場に残ったトラキチたちは「六甲おろし」の大合唱。この一体感がなんとも言えない。TV観戦では絶対に味わえない感覚なのだ。球場を出てからも、上の写真の広場では、ヒッティングマーチの大合唱が始まっていた。

   

 
 

 球場の外で騒いでいるトラキチたちに混じって、暫く、勝利の大合唱に参加したが、ヒッティングマーチが「走れ、走れ、アーカーホシ」と2003年のリーグ優勝で活躍した赤星選手の応援歌にまで遡ったので、エンドレスな大合唱の場から離れて、ホテルに向かった。



5月9日(木)

 薄曇りの朝だが、何故か富士山がハッキリ見える。快晴の空と錯覚するような姿だ。こういう現象は珍しい。

 体操教室。一応、真面目にやった。が、最後のストレッチはパス。身体が硬くなってマットの上で座ることすら難しく、おまけに右膝のトラブル(こちらは殆どよくなったが)もあって、先般来、ストレッチをパスすることは、杉田インストラクターも了解済みだ。それに、今日は淳子が来ることになっているので、少し先に失礼した。

 明日は墓参で神戸に帰るので、淳子は今日泊まって、明日朝、一緒に車で出発するというスケジュールを組んでいる。夕食は、時間的に余裕が無いので、Cook do の「ガリバタ・チキン」に後は小物で間に合わせた。

 淳子が来ると、いつものパターンで、ケンゾーと遊んで、タイガース勝利の録画を観る。最近、タイガースは調子がよく、勝ちパターンのゲームが多い。特に、ベイスターズ戦は殆んど負けない。今年も「横浜銀行」で「ベイ様々」なのだ。

 淳子は野球観戦の後は入浴して寝るが、私は明日の朝食を作る。以前は15品目のサラダだったが、最近は10品目あるかなしかになった。

 しかも、この季節は中身が同じようなキャストでニューフェイスが居ない。相変わらず、主役は王林だが、今年は何故か王林があまり出回っていない。おまけに、例年に比べると果実が硬い。歯の弱者には、いささか不満が残る。

 王林に限らずリンゴが主役のときは、オレンジかグレープフルーツに準主役として登場してもらわなければならない。私のように前日の夜に作って、朝まで冷蔵庫で保存すると、皮をむいたリンゴの表面が酸化して黒ずんでくることがよくある。これを避けるためには、予め酸化防止をしておく必要がある。そのための簡単な方法が柑橘類のビタミンCに活躍してもらうことだ。私のやり方では、先ず、リンゴの皮をむき、暫く水道の蛇口の下で冷水に晒す。その間にオレンジかグレープフルーツを調理する。切った後の皮は直ぐには捨てずに置いておく。リンゴの入った水の上に、皮をこすり合わせるようにして果汁を落とす。こうすると、ビタミンCには抗酸化作用があるので意外に効果がある。リンゴを柑橘類の果汁の入った水に3~4分浸けた後に、皿に盛る。また、皿に盛った後のラップを空気が入らないようにピッチリかけておくとよい。下の写真で、左はラップ前、右はラップをかけた状態だ。このように、ラップをピッチリと皿に密着するように掛けておくと、かなりの酸化防止となって、リンゴだけでなくバナナも、朝、食べるときに黒ずんでいたりすることはない。

 


5月7日(火)

 超豪華連休が終わって、今日から出勤日。久し振りに会社の現役世代からメールが届くようになった。雑誌に掲載する「とぴぐろ」(コラムのタイトル「トピックス・グローバル」のこと)で何時もお世話になる、広報担当のF女からのメールには
 「おはようございます。長い10連休が終わって逆にぐったりという感じです。」とある。

 現役時代のことを思い出すと、彼女の「逆にぐったり」という気持ちはよく理解できる。穿った見方をすると、これは現役世代から毎日が日曜日の我々世代に対する恨み節とも受け取ることが出来る。一方で、私たち高齢者は現役世代から羨ましがられるほど中身のある生活を送っているだろうかという疑問がある。昨今しばしば話題になる認知症の問題、更には、延命処置により生かされているだけの終末期。我々、高齢者は、遅かれ早かれ、こうした問題に直面しなければならない。

 私は6年前に上梓したエッセイ集の中で、かなりのページを割いて「安楽死肯定論」を展開した。しかし、若者から見れば、年寄りの戯言だろうと見向きもされないかも知れないとの不安があった。

 ところが、毎年、産経新聞が行う「土光杯弁論大会」の今年の受賞者5人の中にいる、左の写真のような元気いっぱいの女子大生が「安楽死の制度化」という私の主張と全く同じ意見を持っていることを知って、大いに意を強くした。

 彼女のスピーチの要旨を下記に紹介する。
こちら

  安楽死(Euthanasia)という言葉はフランス語の「ユータナジー」から来ているが、元々はギリシャ語の「エウタナシア」(「良い死」の意味)である。ローマ帝国の初代皇帝アウグストスは、両親の死に際して「エウタナシア」を何度も繰り返し、両親の安楽死を祈っていたとされる。それから二千年が過ぎた現在でも、人類はこの問題を解決できずにいる。





5月5日(日)

 ちょっと変わったセミナーに参加した。「オリーブオイル・セミナー」だ。場所は「渋谷エクセルホテル東急」。渋谷駅西口に21世紀の事業として開発された「マークシティ」のシンボル的存在のホテルだ。

 このセミナー、先日、「四季の会」の幹事・根本さんから勧誘を受けた。
「今度、渋谷のホテルでオリーブオイルのセミナーをやることになった。もし、連休中に気が向いたら来てください」

 根本千代子さん。オリーブオイル研究家でライター。2009年、日本で初めて開催されたイタリア・オリーブオイル・ソムリエ協会から「オリーブオイル・ソムリエ」の資格を授与された。

 このセミナー、12時にスタートして、1時間がセミナー。その後、ホテルの総料理長、白幡健氏による、オリーブオイルを使ったコース料理が出る。こういうセミナーは男だけで参加するのは野暮だ。Y女に声を掛けると、二つ返事で「行きたい」という。

 東急渋谷駅で待ち合わせて、マークシティまで歩いた。マークシティは井の頭線「渋谷駅」を中に組み込んだ巨大ビルだ。東横線からだとかなり遠い。肺の弱者には一気にたどり着くのは無理で、スクランブル交差点を渡った、マークシティ入り口にある広場で少し休んでから入った。渋谷駅周辺は数年前から大開発の最中にあり、到るところが工事中で非常にわかりにくい。

 エクセルホテル東急の6Fは宴会場が並ぶ。その中の一番大きな部屋が会場の「プラネッツ・ルーム」が会場だ。入り口には、本日の講師・根本さんが立って、来訪者に挨拶を送っていた。簡単に言葉を交わして中に入った。広い会場に、丸テーブルと楕円テーブルがずらりと並び、100人ほどの参加者が来ていた。何となく、結婚式の披露宴のような雰囲気だ。見渡せば、男性は約1割。殆どが女性だ。テーブルの上に置かれた案内のセミナー演題の下に書かれた「令和」の元号がフレッシュな雰囲気を醸し出す。

   

 定刻、12時にセミナーがスタートする。ステージには、総料理長の白幡氏と講師の根本さんが上がって、白幡氏がセミナーと料理の概要を説明。

 次に、根本さんが挨拶してセミナーが始まった。根本さんは緊張しているのだろう、四季の会で見せるリラックスした感じはなく、表情もこわばっている。

無理もない。百人もの聴衆を前にすれば誰だって緊張するはずだ。それでも、説明はPPT(パワーポイント)を使って、丁寧に進めていくので、分かりやすい。

 オリーブオイルの歴史に始まり、オリーブオイルの製法を説明した上で、「エキストラバージン・オイル」とは何かに触れ、実際に購入する場合の注意点や賞味期限についても分かりやすく話し、最も重要なポイントである「オリーブオイルはどう健康にいいのか」についても学会で取り上げられている予防効果を具体的な病名とともに話題にした。

 最後はテイスティング。テーブルに置かれた4種類のオイルの匂いを嗅ぎ、少し口に入れて味覚についてみんなの感想を訊く。そして、最も好きなオイルはどれかを尋ねる。オリーブオイルを余り使わない私は、正直、4種のサンプルオイルの違いがイマイチ分からなかった。同行のY女は、毎日、オリーブオイルを食しているとのことで、4種のオイルの違いについてもそれなりの見識を有しているようだ。

 意外だったのは、「最も気に入ったオイルはどれか」という質問に対して、私は口には出さなかったがサンプルDを選んでいた。ところが、講師の解説では、サンプルDはかなり酸化が進んだもので、早く捨てることをお勧めしたいサンプルだという。そして、「サンプルDを選んだ人は、恐らく、お宅に古いオリーブオイルが残っていて、その香りと味に慣れてしまっているからでしょう」という。果たして、家に帰ってから我が家の2本のオリーブオイルのボトルをチェックしてみたら、古い方のボトルには賞味期限「2016年3月」とあった。

 セミナーの後は、白幡氏の解説を聞きながら、本日のお食事メニューを頂戴した。どれもなかなか美味しかった。特に、ホワイトアスパラガスでは、何十年も前によく食べたドイツのアスパラガスを思い出した。また、デザートの「渋谷ロールケーキ」は、このホテルのパテシエが開発したもので近く売り出すものだという。ソフトなロールケーキで美味しかったが、写真を撮らなかったのは残念。

 





5月3日(金)

 私の生涯で2度と訪れることはないだろうと思われる豪華連休もそろそろ終わりに近づいてきた。気の早い連中は連休モードから平常モードに切り替えつつあると見えて、高速道路は渋滞が目立つ。

 高齢者が多く居住する我々のマンションでは、正月休み、ゴールデンウィーク、お盆休みと年に3度は、遠隔地に居住する娘、息子が、せめてもの親孝行に休日を親と過ごしたいと、孫たちをつれて車で里帰りしてくる。

 それを迎えるために、マンションの広い庭園を車のパーキング・スペースとして開放する。4月の終わりには、庭園にギッシリと駐車していた、遠隔地ナンバーをつけた車の数もlめっきり少なくなってきた(赤いコーンが駐車場所の目印)。

 プロ野球も、長い連休の間は観客動員を見込めるとあって、休み無しの12連戦といった、選手にとって過酷なスケジュールを組む。こうした連戦が続くケースでは、どうしても、豊富な投手陣を有しているチームが有利になる。我らがタイガースも、今の所、7連戦を5勝2敗と予想以上の好成績をあげているが、これも実力のある投手をたくさん持っている強みだ。打つ方はからっきしダメなのだから、せめて投手陣の踏ん張りで長いペナントレースを乗り切ってほしい。


5月1日(水)

 今日から元号が新しくなる。今日は令和元年5月1日。元号は天皇とともに替わる。明仁天皇は昨日退位され上皇になられた。代わって、徳仁さまが今上天皇となられた。

 元号が新しくなるのを機に、このブログも少し書き方を変更することにした。先日、このHPの愛読者であるK氏から御指摘があった。

 K氏の意見では、世の中のブログは、記事が新しくなると、下から上へ書き加えていく。これまでの私のブログのように上から下へ書き加える方法では、その月の終わりの方の記事を見るのに、ブログ自体を上から下へかなりスクロールしないと見られない。不便であると言う。

 その御指摘は、確かに、一理ある。というわけで、私のブログは、今後、下から上に書き加えていくこととする。

 さて、世間では長い連休に入った。従来の「ゴールデンウィーク」よりも豪華な連休となるので「プラチナウィーク」と呼んでいるようだ。次女淳子の職場でも連休に入ったらしい。で、目下、阪神タイガースが好調で、最近9試合を7勝2敗と大きく勝ち越して、現在、4連勝中だ。先週初めは多くの借金を抱えてビリに低迷していたが、今日の勝利で借金はすべて返済、セリーグの単独3位まで上がってきた。

 トラキチの淳子としては、タイガース勝利の録画がたくさん溜まってきたので早く観ておきたいのだろう、夕方からやってきた。ケンゾーと遊んでから、録画上映の時間となり、勝ちゲームを3試合ほど観ていた。5月10日の甲子園観戦についても、タイガースの勝利が濃厚になってきたとほくそ笑んでいる。










「介護日記ーその後」のバックナンバーです。各月をクリックして下さい。




2019年
1月 2月 3月 4月



2018年
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月


2017年
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月


2016年
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月


2015年
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
   


2014年
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月


2013年
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月


2012年
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月

      

2011年
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月




2010年
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月




2009年
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月



2008年
4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月

 


これまでの「介護日記」を別ページに掲載します。下記をクリックして下さい。

2008年


1月分

2月分

3月分

4月分



2007年1月~12月分の日記を別ページに掲載します。下記をクリックして下さい。

2007年


1月分

2月分

3月分

4月分

5月分

6月分




7月分

8月分

9月分

10月

11月

12月



2006年1月~12月分の日記を別ページに掲載します。下記をクリックして下さい。

2006年


1月分

2月分

3月分

4月分

5月分

6月分




7月分

8月分

9月分

10月

11月

12月



2005年1月~12月分を別頁にまとめました。下記をクリック願います。

2005年


1月分

2月分

3月分

4月分

5月分

6月分

7月分

8月分

9月分

10月

11月

12月




2004年1月~12月分の日記を別ページにまとめました。下記をクリックして下さい。

2004年


1月分

2月分

3月分

4月分

5月分

6月分

7月分

8月分

9月分

10月

11月

12月

PlantkaiNo.17
taisoh4
taisoh5
fuji-seen down.png

taisoh6
taisoh7
こどもの国訪問記

taisoh2

Taisoh1

PlantOBtop

Atomic bomb picture at Tokuyama



トップページに戻る